第10話

「行きたいところがあるならそこまで送っていくぞ? さすがに帰りは自分で帰ってもらうが」

「ああ、そりゃありがたい。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうか」

「俺もちょうどショッピングモールのほうに用があったんだ」

 この俺のSZー60の修理の申請をしなければならないのだ。新車なのにボディに変な傷が付いてしまった。気分が悪いことこの上ない。くそ、あの男をあの場できちんと殺していれば良かったと、心の中で舌打ちをした。

「それじゃ乗ってくれ」

 秋月にそう促して、ユニットに乗らせた。

「なんか事故ったのか? このユニット、ところどころボロボロなんだけど」

「お前らのせいなんだからな、この傷……」

「ん? ああ、なるほどねー……」 

 どうやら察したようだ。

「とりあえずご飯が食べたい」

「んじゃフードプレイスでいいな」

「ああ」

「何食うんだ? あそこは高級レストランからファストフードまでなんでもござれって感じらしいが」

「んー、適当に食うかな。手当たり次第にうまそうなもん。その口ぶりだと、ジンは行ったことないのか?」

「ああ。あんまり機会がなくてな。あとフードプレイスの中って電気自動車が走ってるって本当か?」

「循環バスのことだな。走ってるよ。ジオフロントの中を移動するならあれは便利だよな」

 ジオフロントの天井は低い。ユニットでの低空飛行が出来ないため、循環バスは電気自動車なのだろう。ユニットもホバー走行をして道を走らなければならない。『フードプレイス前』という信号の前についたとき、秋月が、

「ここでいいよ」 

「わかった。それじゃあ、また今度」

「ああ、またな」

 ユニットのドアを開け、秋月はフードプレイスへ走り去っていった。よほど楽しみだったようだ。

(さて、俺はこいつの修理の申請をしないとな……)

 30日間の修理保証がついていなければ痛い出費だった。

 ユニット修理の専門店へ行き、修理の申請をしようと思ったが、そこは運悪く今日が定休日だった。明日来れば良いだろうと思って、料理を盛り付けるための皿を買い、今日は一旦家に帰ることにした。

 ジオフロントから出るときもユニットを『スケール』にかけなければいけない。俺は今楼から仕入れたXM-31を持っているのだが、彼に貰った袋のおかげで『スケール』の検査に引っかかることなくジオフロントから出ることが出来た。

(セキュリティもザラなもんだ……)

 地上に出たときは夕日が差し込んでいた。なんだかんだいって時間の経過は早い。

 そのまま何も起こることなく、普通にマンションに帰れた。そして、階段を上っている途中で、

「ん? 千里?」

「あ、こんにちは。和泉さん。奇遇ですね」

 二日連続で同じ場所で会うなんて、確かに奇遇だ。少し不気味だと思えるくらいに。

「ああ、そうだな。千里は学校帰りか」

「はい。和泉さんはお仕事の帰りですか?」

 この腕輪の実験台になっているのは仕事の内に入るのだろうかと疑問に思ったが、とりあえずそこは気にしないでおくことにした。

「まあな。昨日は遅かったが、今日は普通の時間に帰ってるんだな。部活でも入ってるのか」

「ええまあ……技術部に入っています」

「技術部? いったい何をするところなんだ?」

「自分達でロボットを作ったり、捨てられたユニットのエンジンをいじったりして、実験をしたり……」

「それは本当か!?」

 つい、ユニットという単語が聞こえて興奮してしまった。大人気ない。

「え、ええ……い、和泉さん、顔が近いです……」

 あまりに興奮しすぎて互いの呼吸があたるくらいの距離まで近づいてしまっていた。無我夢中でユニットのエンジンをいじる話を聞きだそうとしていたようだ。自分の中身が一瞬入れ替わったかのように、人との距離を近づけていた。

「悪い……俺、ユニットが好きでさ、そういう話に興味があるんだ」

「へぇ、そうなんですか。実は私もユニットのこと、けっこう好きなんです。技術部のなかで、ユニットの実験をするときはだいたい私が企画していて……」

「ほう。興味深いな」

「あ、じゃあ、今から資料とか見ます? 色々今までの実験資料とかあるんですよー。よければ、見に来ませんか?」

「いいのか?」

「はい」

「それじゃあ、お言葉に甘えて……」

 と俺はここでいったん思考を止める。この女はずいぶん俺に馴れ馴れしい。出会ってから間もないというのに、この距離の近さはどうなのだろう――とそんなことを頭の片隅で考えていた。

(まあいいか……)

 千里が良いというならいいのだろう。俺はユニットが気になるのだ。部屋の前まで来て、

「資料を取ってくるので、ちょっと待っててくださいね」

 と、千里は言って、俺は一人玄関に残された。しばらくすると、

「お待たせしました」

 と、俺はここで不審に思った。いや、彼女が待っていてくださいね、と言った時点で気付くべきだったのだ。

 千里が持っていたのはクリアファイルだったからだ。普通なら、データはARコンタクトから、学校内のデータベースの中に保存しておくはずなのだ。それなのに、古き時代のクリアファイルを使っているのは、とても不思議だ。合理的ではない。

「ん? なんでクリアファイルなんだ?」

「ちょっと、ARコンタクトが壊れていて……無理を言って、先生方に印刷してもらいました」

 千里の学校には印刷機なんかあるのかとは驚きだ。

「まあ、そこの運用の話はあとでいい。それよりも、俺はそのクリアファイルの中が気になる」

「和泉さんって、見かけによらず意外と率直な方なんですね。始めてみたときは、ちょっと怖いと思ってましたけど」

「……そういってくれるとありがたい」

 実際、千里の第一印象のほうが正しい。人を殺してきた人間の目だ。自然と目つきも鋭くなるだろう。

「それでは、どうぞ」

「ああ、見させてもらう」

 そのクリアファイルの中身は中々に興味深いものだった。廃棄されるはずのユニットのエンジンだけを回収し、そのエンジンを改造し、出力をどこまで上げられるか、という実験。別のページでは、ユニットに自動走行機能をつけるための装置の設計図を作っていたりと、中々に本格的なものだ。たまにワケのわからない魔改造をしたりしているから、なかなかに面白い。

 もはやエンジニアに近くないだろうか、この部の学生達は。

 この部活に不覚にも興味が湧いてしまった。ファイルに一通り目を通したので、それを閉じて、千里に返した。

「なかなかに興味深いものだった……というか、こんな大掛かりなことやってて金は大丈夫なのか? こんなことをするんなら機材とか必要になるだろ」

「その点は問題ないんです。工具は先代の先輩達が残してくださっているので、問題ありません。部費もそれなりに出ます……でも、足りない場合は自分達で補填してますね」

「ふむ……なるほどねぇ。今の高校生は充実しているようだな」

「まあ、とりあえず私立の学校なので、お金とかは問題ないんです」

「そうなのか……まあ、高校とか大学とかの青春は後になって後悔しないように過ごしたほうがいいな。自分がやりたいことに向かって走ればいい」

「アドバイスありがとうございます……メモっと」

 と、千里は言った。ARコンタクトにでも今のことをメモしたのだろうか。しかし、彼女のコンタクトは壊れているはずだ。きっとメモ機能くらいなら生きているのだろう。

 頭で今何時だろうと思うと、ディスプレイに時計が表示された。現在時刻は、一八時五十分だ。そろそろ出て行ったほうがいいだろう。

「もう遅いな。俺はそろそろ帰ったほうがいいな」

「あら、もうこんな時間ですね! わたしも夕食の仕度をしなくちゃ……」

「今日はありがとう。なかなか有意義な時間だった」

「いえいえ……あ、和泉さん、今度、ユニット関係の実験が企画されたら、またご相談させてもらってもいいですか?」

 不安げな様子で彼女が言った。

「ああ。構わん。むしろ歓迎だ」

「ありがとうございます。和泉さんのような人がいてくれると嬉しいなぁ……」

 千里は満足げに笑っている。  

 彼女のつけているチョーカーがうっすらと光っている。俺が知らない間にアクセサリーも随分と進化したものだ。

「それじゃあ、またな」

「さようなら、和泉さん」

 と、俺は自分の部屋に入った瞬間、もう一つの事実に気付いた。

「家具……忘れてた……」

 腕輪には不在メールが届いていた。今日はいろいろあったから、家具の受取を忘れていた。

 帰ってすぐに、料理を一通り作った。昨日作れなかったマーボードーフとエビチリとサラダとご飯だ。やはり、中華料理は手っ取り早く出来て非常に便利だ。少しヒマだなあと思ってテレビをつける。いくらARコンタクトとて、テレビの代替品にはならなかったようだ。

『先ほど、ジオフロントの『未整備区画』で爆発がありました。現在警察は原因を追究しており、『未整備区画』の周辺の人々に事情聴取を行っているとのことです。前日起こったジオフロント内のアクセサリーショップの強盗事件との関連は不明であり、当局はこれを追及しています。この一連の事件でジオフロントの安全性が懸念されており、居住区の住民からは懸念の声が上がっています――』

 テレビのアナウンサーが言った『未整備区画』というのは『スラム』のことだ。『スラム』をオブラートに包んだ言い方が『未整備区画』だ。

(しかし『スラム』で爆破事件……楼が言ってたな。しかもリリーもあそこに目をつけていた……一体、『スラム』で何が起こっているんだ)

 そこのあたりは調べる必要がありそうだ。あの二人の考えが無関係には思えない。自分の身を守るためだ、少しは努力しなければならない。

 今日は俺のド忘れによって、床で寝ることになってしまった――。

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