第9話

「そういえば、あのショッピングモールのアクセサリーショップの件はお前らが関わっているのか?」

「分からないわ。あの店は爆破され、その後に金を持っていかれた。そして店員は重症を負った……そして、あの事件の犯人は『スラム』の人間である可能性が高いわ」

「『スラム』の人間だと?」

「ええ。まだ身元の特定はできていないそうだけれど、『スラム』のほうで爆発物の取引が行われているのは確かよ。小型のだけど、あの店をぐちゃぐちゃにするのは十分な威力の、ね。しかも、事件の数時間前に」

 それは、楼が言っていた、スラムの中が騒がしいという事と何か関係があるのだろうか。その辺りは自分で調べる必要がありそうだ。こんな物騒な事件は早く終わらせて、安心できる生活に戻りたいものだ。

 今さら引き下がったところで、すでに秘密を知っている身なのだから、狙われることに変わりはない。ならば、生存率が高そうなほうを選ぶのは当然だ。

 リリーはめんどくさそうに頭をかきながら、

「それにしても、あいつら……少しでも尻尾を出せば容赦しないのねぇ、物騒だわ」

「まるで昔の研究所にいたころだな」

 秋月が呆れたように言った。

「そうね。紫の言うとおりだわ。そろそろ、アレが起動しても問題ないようにしないとね……」

「確かにな、アレは起動すると厄介だ」

「おいおいお前ら、さっきからアレアレとなんだ? 俺に隠し事でもあるのかよ」

「まあ……それはじきに見れるわよ。たぶんね」

 どうしてもここでは言いたくないようだ。彼女は明らかに俺の質問をはぐらかしている。ここで強引に聞こうとしても、無駄な努力になるというわけか。

「……そうだ。もう一つ思い出したぞ。俺の報酬……あれはどうなっている」

「ああ、その件なら大丈夫よ。あなたのARコンタクトを取った際に、ネットバンキングにアクセスしてお金を振り込んでおいたわ。金額はだいたい、あなたの預金の五倍」

「五倍だと……!?」

 これでも、3年間は傭兵――つまりは、民間警備会社の社員だったわけなのだ。物欲もあまりない俺は、必要最低限分以外の所得は全て貯金していた。だから、この歳にしては預金は多いはずだ。しかし、それの五倍とは驚愕だ。つまり、その金額がこの開発に関してどれだけの危険があるかをあらわしているということにもなる。

 そして、この商品がそれだけの可能性を秘めているということも。

「ずいぶんとこれに賭けてるんだな」

 俺は腕輪を前に突き出しながら言った。

「そうよ。それの開発は私の生き甲斐に近いものだもの」

 彼女の目は真剣そのものだった。今までのようなふざけた雰囲気ではない。しかし、生き甲斐が開発だと言うのも、普通ではないだろう。普通なら、持っているだけで命を狙われてしまうものの研究などやらない。何が彼女を突き動かしているのか――それが少し気になった。

「まあそんな話は良いわ。用はコレだけ? 済んだのならさっさと帰ってちょうだい。裏口から、ね」

「またか……」

 ここに来るたびにほふく前進の訓練をやらされているようであまり良い気はしないのだ。あまり余計に体力を使いたくない。誰でもそう思うはずだ。まあ、こういうことも考慮して駐車場で、車を止める場所を変えたのだが。

 リリーに別れを言い、裏口から出ようとしたとき、俺は後ろを振り向いて、

「なんでお前までついて来るんだ?」

「なんでって……あたしも久しぶりにお出かけするんだよ。最近、その腕輪のお守りばっかやってて外に出られなかったんだ」

「これつけて出れば良いだろう」

「それ男性用なんだよ。聞かなかったか?」

「ああ……そんなことをリリーが言っていたな」

 しかしなぜ、男性用と女性用とで変えたりするのだろうか。やはり性別の壁は分厚いのだろうか……などと色々疑問に思った。しかし、俺が考えたところで何もわかるまい。

 裏口の扉を開ける。やはり、秋月は身体が小さい分この通路を通るのが楽なようだ。羨ましいことこの上ない。

「しかしなんでこんな道を作ったんだ……」

「見つかりにくいからだろ」

「こんな万能な腕輪を作れるくらいだ……もっとマシな作りに出来るはずだろ」

「あたしバカだからよくわかんないや」

「ならお前はなんの役に立つんだ」

「あたしは普段はお留守番」

 うわーけっこう使えねー……。

「ただ……たまに危ないことに手出ししてる。危ないことって言っても、犯罪を犯しているわけじゃない。リリーに危害を加えようとする連中を叩くだけだ」

「……どうして、そこまでして、リリーを守ろうとする」

「あたしは施設にいたんだ……いわゆる、孤児院ってヤツ。親を亡くして――というか、あたしは親の顔すら知らないんだけどな。気付いたら名前があって、あたしはそこにいた。あたしはその孤児院の中でよく問題を起こしていたんだ」

「ほう……」

「よくシスターとかに怒られてたよ……それでも、シスター達は優しかった。あのお叱りは愛のムチってやつだったんだろうな……でもあるとき、孤児院で火事――いや、爆発が起きたんだ。ちょうどあたしはその時、院の門限を破ってて、外に出ていた」

「ならその時、孤児院にいた連中は?」

「全員死んだ」

 そう言った秋月の表情は悲しみでもなく、憎悪でもなかった。何かそれを通り越してしまったような、冷たい表情だった。

 焼死というのは、とても苦しい。全身の皮膚が焼けただれ、その焼けた皮膚からは異臭がする。消し炭にさえならなければ生きていることがある。しかし、それは地獄だ。火傷の痛みに耐え、異常な喉の渇きを忍び、寝ることすらままならず、死ぬまでの時間をただ苦痛のみを与えられて過ごす。まさに生き地獄だ。

 おそらく、孤児院での爆発で火傷をした人間の中の数人はその思いを味わったのだろう。

「孤児院にいた人はみんな死んだ。あの時、あたしは本当に独りになったんだ。それで一週間くらい路上で生活したんだ。そしたら、あたしに声をかけてくれる人がいたんだ」

「それがリリーなのか?」

「そうさ。あいつは『一人なの?』とか声かけてきてさ。二、三年前くらいだな。それであたしはリリーに付き添うようになった」

「こんな危険な仕事なのにか?」

「ああ。道端でゆっくりと消えていくよりはマシだと思って」

 秋月ははにかんだ。彼女にとって、リリーとの出会いはそれだけ重要だったのだろう。

「そうか……」

 一週間も一人だけでやっていくのは難しいと思った。ましてや孤児院の子どもだ。外部のことはあまり知らないはずだ。きっと一週間経った頃には、もう体は限界に近かっただろう。

「まあ、あいつには感謝してる。どうしてあたしを拾ったかは知らない。でも、それでいいと思ってるんだ、あたしは。どんな理由であっても、リリーにこの命を救ってもらったという事実だけは変わらない。だからあたしは、リリーと一緒に行くんだ」

「お前は強いな。自分の中に信念がある。それは生きるうえで重要なことだ」

 その後、駐車場の空気口から飛び降りた。周囲を見渡して、今の場面を見られていないかを確認する。どうやら、人はいないようだった。空気口から人が飛び降りてきたらさぞかし不気味なことだろう。

「ジンにはそういうのないのか?」

「あるっちゃあるがな……ところで、秋月。お前はこれからどこかへ行くのか?」

「うん。まあな」

 秋月は心なしか嬉しそうだった。どうやら本当に外に出るのが久しぶりなようだ。

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