第6話

 ジオフロントには、居住区ができた。そこは整備が行き届き、セキュリティのレベルも高い。しかし、まだ開発されていない区画だったり、管理があまり行き届いていない区画などには違法売買や賭博などが行われている場合がある。

 俺はそういう場所を『スラム』と呼んでいる。仕事でそこに蔓延していた違法売買を一度潰したことがあり、同時にそこにいる商人の世話になったこともあるのだ。

 ユニットを近くの駐車場に置き、スラムまで歩く。繁華街や居住区とは違って、スラムの周辺は荒れている。

 ジオフロントの開発初期の状態になっているのだ。それにより人工太陽も未完成のため、光があまり届かず、その区画は薄暗い。加えて、スラムから出たゴミで異臭がする。ゴミの清掃や立ち退き要求などに警察や市の管理局が手を焼いているらしい。

「相変わらずだな、ここは……」

 スラムの最も奥の区画に入る。ここではARコンタクトの動作を妨害する電波が通っていて、視界補助機能がうまく動作しないのだ。さらに光もほとんど届かないから、懐中電灯で目の前の視界を確保する。

 腕輪の補助機能も例外ではなかったようで、動作しなかった。そんなことを思いながら前に進むと、

「ありゃぁ、和泉さんじゃないですか……お久しぶりです……」

「ああ、久しぶりだな、楼」

 その声の主である、ローブを着た男の名前は楼(ろう)という。もちろん本名ではない。この男に本名があるかも定かではないが、みんなそろって楼と呼ぶのだ。

 それに、彼の顔を知る者はいない。スラムが住処のような人間だから、ちゃんと顔が見えないのだ。

「お仕事ですか……お手伝いしますよ……?」

「いや、今回は仕事じゃないんだ。私用で来た」

「珍しいですねぇ……じゃあ、なぜこんな辺鄙な場所に……?」

「少し、ほしいものがあってな。おハジキが欲しいんだ」

「かしこまりました……。いい物をご用意しております……ご覧になっていきますか……?」

「ああ、頼む」

 ハジキは銃全般の隠語を表す。その中でも『レンコン』が、リボルバー式、『光りモノ』がレーザー銃を表す。レーザー銃は、レーザーポインタ付き銃の略ではない。純粋に、レーザーを射出する拳銃だ。コストが通常の拳銃の三倍以上するが、メンテや弾薬の管理などが非常に楽だ。弾薬は『カートリッジ』とよばれる小型のバッテリーを使う。これは家のコンセントでも充電ができるため、非常に扱いやすい。

 レーザー銃は反動もあまりないから、初心者にも扱いやすい。よく金持ちが護身用に家置くというのを聞いたことがある。

「種類はなんだ? 光りモノはあまり使ったことがないんだ」

「その辺はご心配なさらず……ちゃんと和泉さんの使いやすいモノをご用意させておりますが故……」

「そうか。相変わらず手際が良いな、お前は」

「ええ……和泉さんをお助けしたときもそう言われましたなぁ……」

「あまり言わないでくれ……仕事で失敗したのはあれが最後だ」

「左様でございましたか……」

 ここであった作戦のときに、一度失敗して怪我をしてしまったのだ。ターゲットのうちの一人――確か40代後半の会社の役員をしている中年男だ――を逃してしまった。そして、油断していたところで左足をを撃たれてしまい、動けなくなった。ほかの仲間は、俺を助けていられるほどの余裕がなく、うずくまっていたところを楼に助けてもらったのだ。怪我の手当てと一週間の衣食住を確保してもらった上、俺の上司にも連絡をつけてくれた。

 その手際の良さは変わっていないらしい。

「ですが、あの時はお互い様ですよ……和泉さんがいてくれたおかげで新しい商売を始めることができたんですから……」

「ふうん……」

「ああ、ここです……」

 暗がりの中にうっすらと、テントらしきものが見えた。ここが楼の住処であり、武器庫ともなっている場所だ。

「こちらになります……」

 懐中電灯とともに差し出された黒い鉄の塊を受け取る。

「なんだこれは……」

「XM-31のプロトタイプでございます……」

 それは、XM-31ハンドガンだった。それは最新鋭の技術を盛り込んだ拳銃。部品を交換することで様々な状況に対応することができる銃である。用途変更のための部品交換も容易であり、故障や弾詰まりも起こりにくいという優れモノだ。レーザー銃は対応していないが、狙撃銃、ショットガン、アサルトライフルになったりと、対応する種類も広い。

 しかし、これはまだそういうコンセプトで作るという設計段階のはずだが……。

「こんなもの、どうやって……まだ開発されていないはずじゃないのか」

「ええ、表ではそうなっておりますが、裏では色々出回っているのですよ……それはプロトタイプといえど十分な威力を発揮できますよ……」

「そうか……なら試射はできるか」

「奥の部屋でできます……」

 まあ銃の試射をできるところなんてここくらいだろう。

 楼に案内された奥の部屋で、手元を懐中電灯で照らしながら銃をバラす。状態は良好。新品同様の綺麗さだ。銃を元に戻し、マガジンを装填。楼に貸してもらった耳栓をし、トリガーに指をかける。

 そしてトリガーを引く。乾いた銃声が周囲に響き、薬莢が斜め前に排出される。続いて三連射を行い、感覚を確かめる。

「いいな……プロトタイプとは思えない完成度だ。よし、代金はいくらだ?」

「プロトタイプであるが故、代金など要りませぬ……しかし、責任はご自身でお取りになりますよう……」

「分かった」

 楼の商売のスタイルだ。闇商売であるが、サービスは尽くす。金を取るときは金をしっかり取る。利益を第一に考えるのが、彼の理念だ。今回は、彼が金をとっても利益にならないと判断したのだろう。俺には、よくわからない世界だ。

「反動も昔使っていたやつより小さいから、使いやすい」

「それは良かった……」

 そして不意に楼が、こんなことを言い出した。

「ああそう……お耳に入れたいことがございます」

「ん? なんだ?」

「私のお客様も含まれているが故、明言はできませぬが……近頃、ここが騒がしいのです……」

「騒がしい? 害虫駆除ならやってやろうか?」

「いえそうではなく……ここで騒いでいる輩がいるのではありません……。ここの輩が騒がしいのです……。最近は皆、血を求める獣のように荒れているのです……」

「なぜだ……? 別に薬の類が出回っているワケでもないだろう?」

「ええ、もちろん……詳しいことは私にも分かりませぬ……知っていても申し上げられません……」

 ということは、楼は少なくとも何かを知っている。そして、それは彼の客に関することだ。しかし、そのことしか分からない。

「お伝えしたいのはそのことだけです……それでは、ここの出口までお送りいたします……」

「あ、ああ……」

 XM-31を、スケールに通しても反応しない袋につめてもらい、楼に出口付近まで送ってもらった。

「それではごきげんよう……」

「ああ、元気でな」

 楼はスラムから出ない。その理由を聞いたことはないが、彼なりの理由があるのだろう。そう思い、スラムを後にした。

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