第4話

 空気口の中は案外綺麗だった――途中までは。真ん中を過ぎた辺りから急に汚くなって、今じゃもう煤だらけだ。帰ったら洗濯しよう……。時刻はもう八時近いし、適当に飯も作らなければならない状況になっていた。

「はぁ……散々な目にあった」

 自分のユニットに戻り、網膜認証を済ませて、中に入った。ARコンタクトがなくても大丈夫なようだ。駐車場の料金の精算も、腕輪を機械にかざすだけで料金が支払われた。光通信もちゃんと出来るようだ。電子マネーはARコンタクトのデータを移してあるからそれを使っているらしい。残額は腕輪のパネルに表示される。この辺はあまりARコンタクトと変わりはない。 

 マンションにユニットを置き、部屋に帰ろうとしたら、

「あ……」

「確か……千里だっけ」

「はっ、はいっ!」

 俺のお向かいさんの千里が階段を上っていた。制服を着ているから学校帰りなのだろう。

「え、ええと……」

「和泉だ。朝は慌てたみたいだったからな。名乗る暇がなかった」

「す、すみません……」

「謝る必要はない。こんな遅くまで学校か、大変だな」

「い、いえ……」

「親も心配するんじゃないか? 女が一人で帰るのは少し危ないからな」

「えっと……私、一人暮らしなんです。だからそういう心配はないんです……」

「この歳で自立しようとしてるのか。立派だな」

「そ、そうでもありません……ただ親から離れたかっただけなので」

 もじもじしながら千里が言う。目線が泳いでいるのは、この子のクセなのだろうか。伏目がちなので、目線を合わせて話せない。。

 この子が上手く話せてないのは目線を合わせていないからだろう。

「じゃあ、私はこれで……」

「ああ、呼び止めてすまなかったな。おやすみ」

「おやすみなさい……」

 そう言い残して部屋に戻った。網膜認証はARコンタクトを識別しているわけではなく、人間の網膜を認識するのでそれがなくてもかまわないのだ。まだ何もない部屋に俺は大の字になった。

(そういえば……盛り付け用の皿がない……)

 本来エビチリとマーボードーフを作る予定だったが、手っ取り早くすませるために、買った食材でチャーハンでも作ろうか。しかし、ここで俺は皿を買うのを忘れていたことに気付いた。今日は質素にインスタント・フードですまそう。

 遅めの夕食を食べ、段ボール箱の中から毛布を出す。今日買った家具は明日すべて届くので、今日は床に寝る。床にそのまま寝ているが、こういうのは慣れている。これより厳しい環境で寝たことは何度もあるのだから、全く問題がない。

 今日は疲れたので、よく眠れそうだった――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る