第2話

 ジオフロントには入り口がある。いわば、検問のようなものだ。地下にあるがゆえに爆発物やら危険物を所持していると速攻で逮捕だ。今では花火に似せた爆弾まである時代になってしまった。

 しかし、検問と言っても簡単だ。厳重にやると混雑してしまう。ユニットと人間の所有物を透視できる機械にかけるだけだ。透視といっても、全裸が見えるわけではなく、その人間が持っている所持品を透視する。なんでも、X線だと透視できない物があるんだとかで、それを発展させた機械になったのだ。それは『スケール』と呼ばれている。

 ユニットを徐行させて、『スケール』に通す。もちろん危険物など持っていないので、ゲートが開いた。

『通行可能』

 と、ARコンタクトに通知が来た。アクセルを踏み、中に入っていく。

 深層部に下がるまではけっこう時間がかかる。鉄道関係と電線の階層のせいだ。

 ショッピングモールの階層ができたのなんて、つい最近のことだ。これから先、ショッピングモールの下に何か出来たっておかしい話ではない。

 まだ科学は発展している。仕事の仲間から聞いた話によれば、近々ARコンタクトに変わる新しい端末が開発されてるとかされてないとか……。

 そんなことを思いながら運転をしていると、急に視界が開けた。

「またデカくなってないかここ……」

 ジオフロントには居住区と呼ばれる所も開発されてきている。人類は地下をさらに拡大させて、ついには地底人になろうでもいうのか。

「最近カジノができたんだったな。前は巨大プールができたとかだったが」

 地下での太陽の代わりをしている巨大な照明を視界の隅に入れながら、俺はジオフロントの中を進む。

 すると、不意に視界内にヒッチハイクらしき行動をしている女が見えた。

「ジオフロントでヒッチハイク……とんでもない馬鹿がいたもんだ」

 俺はそう言いつつも、その女に興味がわいた。ユニットを降ろし、窓を開けて、

「おいお前、そこで何してるんだ」

「何って……見て分からないの? ヒッチハイクよ」

「なんだってヒッチハイクなんだ? どこか行きたいならコンタクト使ってタクシー呼べばいいだろ」

「私、コンタクトつけてないのよ」

「何? あんたの歳でつけてないっていうのは珍しいな……」

「女性に歳のことで何か言うのは失礼よ?」

「分かってる……」

 しかし、この女、妙に日本語が上手い。というのも、この目の前にいる女は金髪で碧眼のどこからどうみたって外国人なのだ。長身で、足も長く、胸も大きい。目鼻は端正に整っているし、肌も白い。都会に出ればモデルのスカウトを受けてもおかしくはない。

 だが、この女からはそれと相反して妙にイヤな臭いがするのだ。不吉な臭い、とでもいうべきか。

「ということで乗せていって頂戴」

「セクシーポーズを決めながら言っても俺に効果はない」

「あら、今が一番輝いているときだっていうのに、そんなんじゃ、生涯独身よ?」

「あんたのほうこそ、そんな重いモンつけてると将来垂れるぞ……ブッっ!」

 思い切り左頬にビンタを決められた。痛い。

「何か言ったかしら?」

「いきなり叩くなよ……とにかくあんたを乗せていけばいいんだろ。目的地はどこだ」

「ショッピングモールの入り口の前までよ。それとあんたっていう呼び方はやめてちょうだい。私にはリリアンというちゃんとした名前があるの。ああ、でも呼ぶときはリリーでいいわよ」

「了解だ。じゃあ、早速乗ってくれ、リリー」

 ロックを解除し、助手席にリリーを乗せてアクセルを踏んだ。幸いにも、彼女と目的地はほぼ同じだ。俺はショッピングモールの中の家具屋に行きたいのだ。

「ねぇ、あなた、名前は?」

「和泉だ」

「そう。じゃ、和泉。あなた二十代くらいに見えるけど……仕事はどうしたの? まさか就職失敗しちゃってここに逃げてきたとか?」

「違う」

「ならなんでこんな朝っぱらから新しいモデルのユニットを乗り回して、ジオフロントのショッピングモールなんか行くわけ?」

「ここに引っ越してきたから家具をそろえる。このユニットはローンで買ったんだよ」

「へぇ、家の都合なの? この周辺はあまり都心とは言いづらいわよ? 確かにユニットで一時間半も走れば都会に出れるけど……あまり便利じゃないわ」

「だからこそだよ。曖昧な立地だからマンションも安い。ジオフロントは近いんだ、何も困ることはない」

「ふぅん……あなたみたいな年頃って都会に出てるんだーとか言って意地を張りそうなのにね」

「俺は別に住めればいいんだよ」

 俺は少しばかり一般人とは違う感覚を持っている。なぜなら、常識が通用しないところにずっといたのだ。戦場という名の、クレイジーな場所に。

「あんた、珍しいわね」

「よく言われる」

「それにずいぶんシケた顔してるわ。嫌なことでもあったの?」

「もとからこういう顔だ。ちくしょう、どいつもこいつも……」

 仕事先でもよく言われたものだ。お前は生きている感じがしない、と。他人から見ると、俺は機械みたいな喋り方と行動をしているそうだ。自覚はない。

「俺だって好きでこういう風になってるんじゃないんだ」

「ふぅん……ね、彼女とかいるの? いないならお姉さんが相手してあげよっか」

「あんた、どうして初対面の男にそこまでベタベタしたがるんだ。なんだ、三十路でも近いのかごぶっ」

 今度はゲンコツが飛んできた。危うくハンドルを放してしまうところだった。

「危ないだろ」

「ええ、あなたの発言はとても危ないわ……女の子との接し方知らないのかしら……」

「ああ……知ってるけれど、どうもそれは違うらしい。どうにも俺は不器用みたいだ」

「へぇ、そうなんだ……」

 と、リリーが俺を舐めまわすような視線で見たところで、俺はユニットを地上に下ろした。

「さあ、着いたぞ。ここでいいんだろ」

「ええ……ありがとう。じゃ、また縁があればご一緒しましょ」

「ああ。それじゃ」

 アクセルを踏み、ユニットを低空に浮かせて、ショッピングモール内の駐車場に向かう。しかし、俺はここで不思議に思った。ナビゲーションマップを見ても、ショッピングモールの手前には何もないのだ。人しか通れない小さな道でさえ表示されるマップなのに、何もないと表示されている。

 ジオフロントの隠された宝でも眠ってるのか。

(帰りにでも寄ってみるか……)

 そう思い、バカでかいショッピングモールの駐車場にユニットを止めて家具屋に向かった。



 ひとしきり家具を買ったときには、もう昼を過ぎていた。近くのレストランで昼食を食べて、食料品を買うためにスーパーへと向かった。

 まともな生活をしてないからといって料理が出来ないわけじゃない。むしろ得意分野だ。凝った料理は時間のあるときにする。今日はあまりそれをやっている時間は無さそうなので、簡単な中華料理でいいだろう。

 食材を買い、スーパーを出る。家具が届くのは二日後だというし、ここですることはもうないので、駐車場に戻る。と思ったら、駐車場の近くのアクセサリーショップに人だかりができていた。

「なんだ……?」

 その人ごみの中心を見ると、アクセサリーショップの中がぼろぼろになっていた。ガラスは割れ、中の商品は散乱し、棚が壊れていた。中にいたであろう店員は見当たらない。状況から見て、強盗だろうか。それにしても手段が強引過ぎるような気がする。最近は捜査のほうの技術も発達したようで、場を荒らしたほど逮捕されやすいらしい。

「爆発だったんですって……」

「えー……物騒ねぇ……最近ここの居住区の契約したばかりなのに……」

 人ごみの中で様々な話が漏れている。俺は足早にその場を立ち去ろとしたが、

「リリー? どうしてここにいるんだ」

 目の前にさっきの女――リリーがいた。

「仕事の合間の休憩よ。お昼ごはん食べた帰りでね……ねぇ、あなたここで何があったか知ってる?」

「いや……知らない。俺は今来たばかりなんだ」

「そう……物騒ね、何があったのかしら。爆弾でも仕掛けたのかしらね」

「爆弾はこれじゃすまない……というか、俺はもう帰りたいんで行かせてもらうぞ。もう乗せていかないからな」

「別に乗せてもらう気はないけど……ねぇ、和泉、ちょっとバイトしてみない? 今ウチ人手不足でね、とくに男手が足りないの。あなた細そうな身体してて案外鍛えてるから……」

「バイト? 力仕事みたいなものか」

「まあ……そんなものよ」

 俺は一般男性よりは力があると思う。力仕事ならあまり苦にはならないはずだし、ここで少し金を稼いでおくのも悪くない。

 いくら貯金を持っているとはいえ、それだけでこの長期休暇を乗り切るのは難しい。近々バイトをするつもりだったのだ。

「まあ、いいだろう。その前に荷物だけユニットに置かせてくれ」

「いいわよ。仕事場まで案内するからまたここに来て頂戴」

「了解だ」

 ユニットに食材やらなんやらを置いて、再び人ごみのある場所へ戻った。するとちょうどそこに警察が来て、テープを張り、その店の一帯を進入禁止にした。もちろん、俺たちも外へ弾かれた。警察が来たことにより、人だかりはいっそう激しくなった。

 バイトが終わるまでにこの進入禁止区域が消えないと駐車場へ行くのに面倒なルートを使うことになってしまう。面倒なのは嫌いだ。

「で、仕事ってなんだ?」

 リリーの後ろを歩きつつたずねた。

「力仕事よ……とても、力の要る仕事」

「そうか。ならやらせてもらう。時給はいくらだ? それとも日払いなのか?」

「あー……あとで渡すわ。普通のバイトより高いはずだから」

「それは楽しみだ」

 彼女のあとを歩いていると、ついにショッピングモールを出てしまった、やはり彼女の仕事場というのは地図にないはずの場所にあるのだろうか。

「なあ、方向あってるのか? この先は何もないはずだが」

「いいからついてきて」

 リリーが言った。

 こっそりとARコンタクトのナビゲーション機能を起動させる。すると、GPSが反応しなくなって『現在位置が分かりません』と表示された。こんなことはこのナビを使っていて初めての出来事だ。ARコンタクトの通信状況自体も悪い。ここ一帯は光通信の基地が少ないのだろうか。

 そして、ふと、よそ見をした瞬間、

「ごめんな」

 という声が聞こえて、首を圧迫され、まともに抵抗することもできずに、意識が遠ざかっていった。

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