はぐれものたちの鎮魂歌

河道 秒

新しい景色

第1話 

目を開けると、視界の隅にフライトマップが表示されていた。あと三十分程度で東京に着くらしい。久しぶりの日本だ。仕事での都合とはいえ、久々に母国へ無事に帰ることが出来て嬉しい。

 そうは言っても、今回の仕事の詳細はわからないことが多い。新製品の開発の護衛、としか言われていないのだ。まずそもそも開発に護衛なんているのだろうか。

 そんな愚痴を心の中でこぼしながら、テーブルにあるコーヒーを飲み干し、目を覚ます。

 特に何もなく、飛行機が着陸態勢に入っていった。


 入国審査を終え、空港の外に出ることが出来た。

 それにしても疲れた。地球の裏側ってのは、どんなに科学が発展しても遠いものだ。

「さてと……」

 空港のタクシー乗り場でタクシーを拾って、宿泊予定のホテルを告げる。そして、タクシーはゆっくりと浮上した。

 この浮遊する瞬間の感覚は好きだ。

「お客さん、あんた海外旅行か何かかい? ずいぶん遅い時間に帰ってきたもんだ。時差ボケ対策かい?」

 タクシーの運転手が気さくに話しかけてくる。

「そりゃまあな。それに、楽しい旅行だったよ。死ぬほどに」

「よかったな、そりゃ。確かに一人旅ってのも悪くはないねぇ……俺も今度有給でもとろうかな」

 などと適当に雑談をしているうちにホテルの前に着いた。

「980円だよ」

「ちっ……少し余計に走ったか……」

 ほんの200メートル手前で降りれば880円で済んだはずなのに、と後悔をしながら、網膜認証の機械に目を向ける。これで代金支払い完了だ。

「いらっしゃいませ。ご予約はされていますか?」

 受付の二十代くらいの女が受付にいた。

「ああ。和泉仁(いずみじん)の名義で予約をしている」

「和泉さま……はい、確かにご予約のお客様ですね。料金は後払いになります。荷物などがあれば、こちらでお預かりさせていただいてお部屋のほうに運びますが……」

「荷物はこれだけだ。心配ない」

 荷物はバックパック一つだけだ。ほかは全部、俺の家となる場所に宅急便で届けるようにしてある。

「左様でございますか。では、これが部屋の鍵となります。ごゆっくりとお過ごしくださいませ」

 部屋の鍵を受け取り、エレベータを使って部屋に行く。どうせ寝ることだけが目的の部屋だ。一泊しか予約はしていないし、部屋が狭いだの、ベッドが硬いなどと気にするつもりはなかった。ただ、朝食は日本食をたくさん食べようと思っている。仕事先では、米を食べられる機会が少なかったのだ。

 俺は部屋に入るなり、着替えもまともにせずに、死んだように眠った。

 

きたら朝食の時間を一分過ぎていた。なぜかこういう時に限って、セットしておいたはずのアラームがならないという不幸な事態になる。

 この壮絶な空腹感に耐えかねて、近くのコンビニでおにぎりを買って腹ごしらえをした。

(やっぱりこっちの飯は美味い……)

 昼前にホテルをチェックアウトし、もう一度タクシーを拾い、自分の住処となる場所へ向かう。さすがにタクシーの運転手が昨日と同じだったときには少しばかり驚愕した。

「お、兄ちゃん、昨日の人じゃないかい。よく眠れたかい?」  

「ああ……おかげでホテルの朝食を食べ損ねた」

「はははっ、よくある話だ……俺なんかの歳になると、時差ボケを治すので精一杯だよ。でもまあ、兄ちゃんはある意味幸運だったかもな」

「なぜだ」

「あそこの朝飯はクソ不味いんだ。ホントにシェフが料理してるのかっていうくらい不味かった」

「食べられるものを作ってくれるだけまだマシだと思ったほうがいい……」

「兄ちゃんはどんな食生活を送ってきたんだ?」

「色んなもの食った……」

 本当に世界の不味い飯を食った……あれはいやな思い出として、俺の頭の中と舌に一生残るものだ。日本の飯は美味いということがよく分かる。

 運転手と適当に雑談をしていると、いつの間にか目的地に到着していた。料金を支払い、低空を飛ぶユニットを見たあと、自分の住処となるマンションを見上げた。

「もしかして、ここへ引っ越してきた人ですか……?」

 後ろから女の声が聞こえたので、そちらを振り返る。

「ああそうだけど……君は?」

「ええとわたしは……」

 階段の上に立っていた少女は、どこかの学校の制服を着ていた。身長や体格からいって、高校生だろう。髪の毛は肩口で切りそろえられ、スカートからのぞく足は白くてすらりと長い。首には黒いチョーカーをつけていている。前髪が少し長いせいか、あまり活発ではないという印象を受けた。

 その少女は戸惑いながらも答える。

「に、二〇三号室の千里……千里四季(せんりしき)です。きっと、お向かいさんだと思います」

「よろしく。すまないが、菓子折りは持ってきていないんだ。無礼で申し訳ないが」

「いいい、いや全然お構いなく!  わ、私になんても、もったないですっ」

「ええと……そんな緊張しなくていいぞ? お向かいさんなんだし、もっと気楽に……」

「へっ!? すすすす、すみません……あっあの……って急いでるんでした! すっ、すみません、失礼します」

 そう言って階段を駆けずり下りて行った。俺は彼女に何か悪いことをしたか……? かなり緊張していたみたいだったが。

「なんだったんだ……愉快なお向かいさんだな」

 ポケットから鍵を出し、網膜認証を済ませ、扉を開ける。部屋の廊下には段ボール箱が二つあるだけだ。

(バイト先を見るついでにジオフロントに家具を買いに行くか……)

 ユニットを普及させるためには、地上の電線を地下に収納しなければならなかった。そのために、巨大な地下施設――ジオフロントが作られた。

「まああそこに行けば基本なんでもあるだろ」

 そして、そのジオフロントまではユニットを使う。そう。ユニットを使って。

「ようやくアレが運転できるぞ……」

 と、独り言を言ってほくそ笑んでいる俺の姿は実に不気味だろう。

 しかし、笑わずにいられるだろうか。久しぶりに、しかも新品のユニットを運転するのだ。ユニットマニアの俺にとって、うれしくないわけがない。

 マンションの車庫にすでに俺の最新型のユニット――SZー60が搬入されているはずだ。試運転をする時間はなかったが、カタログスペック上では現行のユニットの中では最高のモデルともいえよう代物だ。

 期待をしつつ、車庫に向かう。

 部屋番号を車庫の前のパネルに打ち込み、ユニットが出てくるのを待つ。子どもが新しいおもちゃを買ってそれを開ける瞬間のようだ。

「おおっ……ついにッ……」

 出てきたユニットは現代的なフォルム。綺麗な流線型を描くボディ。そして新品の綺麗さ加減がハンパではない。俺は早速網膜認証を済ませ、ユニットに乗り込んだ。

 網膜認証が済んだその瞬間に、電源は入っている。ユニットステータス画面を見ても異常はない。パネルをタッチし、初期セッティングを開始。様々な機械の出力を自分の好みに合わせていく。

『セッティング終了。システムを最適化します』

 この作業はだいたい五分程度で終わる。そしてこれが終われば、いよいよこいつも狭い車庫の中から脱出できるというわけだ。

 五分後、システムが再起動し、ユニットが静かに浮いた。浮上ペダルとアクセルを踏んで、勢いよく飛び出す。

「この国はあまり変わっていないな……」

 めまぐるしく発展はしていないが、日本独自の技術やら観光やらで国を支えているのがこの国だ。

 戦争がないから、この国は幸せだ。

「さてと……家具屋の検索でもするかな」

 ユニットのナビゲーション機能を使って、ジオフロント内の家具屋を探すことにした。ジオフロントの中は、適当にぶらぶら回ってたら確実に自分がどこにいるのか分からなくなるくらい広い。。

 ナビゲータによれば、一番近い家具屋はここから5km道なりにいったところにあるジオフロントの入り口からが最短ルートらしい。

「道なりとは……最高だ」

 平日の朝のラッシュを過ぎた時間帯ともあって、ユニットの交通量は少ない。低空なら人はいない。『見えない信号』にさえ気を配っていれば何の問題もなく、ここを突っ走れるというわけだ。

 俺は少し笑いながらアクセルを踏んだ。 

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