言い出しっぺはBarにいる
「即売会、このジャンルでやりたいなーとか」
その日の飲み会で、彼がこう言った。その瞬間、周囲の目の色が輝き出すのが手に取るようにわかる。そして、次に誰かが言うであろう台詞も、僕にはわかっていた。
「いいじゃん!やれよ、やれよ!」
「あんたがやるなら手伝ったるでー!」
予想通りの言葉がその場から飛び出し、言い出しっぺの彼の頬が高揚するのが目の端に写った。
僕はため息をついた。ああ、こうしてまた生贄が増えるのかと。いや、生贄というのはかわいそうである。正しく表現するのならば、ここは「志願者」とでも言うべきだろうか。
即売会の運営は大変といえば大変である。ただし、この感覚というのは人によるらしく、楽という人から二度とやりたくないという人まで評価が幅広く分かれることがあるのだ。これは単純に、やるイベントの内容や運営方法による点も大きいのだが、主催やスタッフとして運営する『人の素質』にも左右されるものと僕は考えている。それはそうだろう。頭を働かせるより体力をフル活用する仕事が得意な人もいれば、ひたすらパソコンの前で作業している仕事が得意という人もいる。接客など人と接する仕事を得意とする人もいれば、ひたすら一人部屋にこもって口もろくに聞かず何かと向き合ってる方が性に合ってる人もいるわけである。即売会の運営はいろいろな要素があるのでどういう人が向いているかと言われると難しいと思うのだが、少なくとも感想がバラける程度には人を選ぶ何かを要求されると思っている。
そして、人を選ぶ何かを要求される故に、一度やってみないと本当に向いているかどうかわからないというのも、大きな問題点であろう。最初からうまくいくはずがないというのは当たり前なのだが、何回か経験するうちにそつなくこなせるようになる人と、何回やってもうまくいかないやらかし系な人に分かれてしまうのだ。教え方が悪いのかもしれないが、一回やって心が折れる人も多いため、僕としてはこの突然の志願者に対し一抹の不安を覚えてしまう。
その僕の不安をさらに煽り立てるもう一つの要因として、彼の周囲の人間たちの反応がある。
言い出しっぺの彼は主催未経験である。しかし、その周囲には主催経験者が何人かいる。さきほど「やれよ!」と背中を押した人も実は経験者だ。というか、現役の主催である。経験者が近くにいるというのは非常に心強いことである。運営をしてて困ったときに相談できる相手がいることでうまくいくイベントも多い。
ただ、困ったときに相談しても、まともな回答をよこさずただただ罵倒するだけの人間がいるのもこれまた事実である。この周囲の人達は、罵倒こそしないが相談しても「なんとかなる」ばかりでろくな回答をしないことで裏では有名である。
他に手伝ってくれ、相談に乗ってくれる友人が彼に居ればいいのだが。
申し訳ないが、彼を持ち上げている人たちは、どこまでも無責任で、決して尻拭いなどしない人たちである。そして、それが「赤の他人」の「無責任な持ち上げ」の怖さであると、僕は肌にしみているのだ。
そのとき。
「手伝ってくれますよ、ね?」
不意に彼が僕に声を投げる。彼の瞳は純粋そのもので、そのキラキラっぷりに僕は眩しさのあまり何処かに隠れたい気分になる。
さて、どうしようか。
僕は僕でやることがある。また、僕のやり方は他の主催経験者に言わせると「癖がありすぎる」らしく、その色が特に新人につくことを嫌う人達が多いのだ。
返事に困っていると、
「やめとけ。あいつは冷たいから」
誰かの声。少しカチンと来たが、喧嘩を買っても仕方がない。
僕はとりあえず、手伝いは難しいかもという旨を伝え、その上で「相談には乗るよ」と付け加えた。
とりあえず僕に対してはそれだけで終わり、その上で、彼が主催となり同人誌即売会を開催することが決まったようであった。
数日経って、ネット上に開催告知が上がってきた。どうやら会場を確保したようである。その会場は個人で契約するハードルがかなり高いところだと聞いているが、なぜ契約できたのか、仕掛け人は誰なのか、そういうことは考えないでおいた。僕には関係ないし、その会場を確保したということは僕に対しヘルプ要請などよっぽどのことがない限りないだろうと思ったからだ。
そう、そういう関係者がバックに付いたんだな、ということだけわかれば十分である。
あとは、新人主催の彼に頑張ってもらうだけである。
……はずだった。
「聞いてください、あいつらなんにも手伝ってくれないんですよ~!」
後日。
即売会をやると決めた飲み屋で、僕は言い出しっぺの愚痴を聞く羽目になる。
いや、うん、まあ。
予想通りと言えば予想通りなのだが。それでもため息をつくだけの僕に、成功報酬名目の酒が目の前に置かれたのだった。
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