被害妄想
「俺ね、このイベント団体から追放されるんですよ」
僕と彼とのふたり酒。唐突な彼の言葉に、僕は面食らう。
「何を根拠にそんな……」
「気づいてないんですよ、あなたは。というか、追放したい人たちのコマにされてるんです」
「……誰があんたを追放したがってるの?」
単刀直入に質問した僕に、彼は戸惑いの色を見せた。そのまま落ち着きなく黙り込む彼に、僕は言う。
「誰が何をしたかがわからないと、僕だって判断しようがないじゃないか」
「そ、うですね……」
僕の言葉に肩を落とす彼。『追放』という強い言葉を使う割に、誰が何をしたかを言わないなんて、それはただの……。
「被害妄想じゃないのか?」
「ち、ち、違います!!」
顔を真赤にして反論する彼を見ながら、僕は思った。
だったら、誰に何をされたのか、どんな根拠を元に『追放』って思ったのか早く言えよ。
しかし、ここまで来てもそれが誰で何があったのか話さない彼に、僕はいらだちを覚える。ジョッキに残ったハイボールを一気に飲み干してから、僕は彼にこう告げた。
「なにかあったのか、話す気がないなら僕はこれで帰るよ。ちょうど空になったしね」
ある意味最終通告のつもりで言ったのだが、それでも彼はどうしようかまだ迷っているらしく、口をパクパクさせつつもYESともNOとも言わなかった。
だめだこりゃと席をたったそのとき。
「ちょ、ちょっとこれを!」
ようやく彼は決心したらしい。僕に自分のスマホを突き出したのだ。
改めて僕は腰を下ろすと、彼のスマホを見ようとして、念のため聞いてみた。
「あんたのスマホの中を、僕が見ても問題ないのか?」
すると、意外な答えが帰ってきたのだ。
「本当はまずい」
「……は?」
「まずいけど、これしか説明のしようがないんだ」
「……」
面倒な話になりそうだな、僕はそう思った。けれど、ここで引き返すのは彼がかわいそうだ。まずいものを見せてまで、僕に助けを求めているのだから。
「じゃあ。見るけど、僕は一切見てないことにするから」
そういうと、彼は小さく頷いた。僕にまで被害を及ぼすなと言う。言外の意味を理解したらしい。
しばらくスマホを操作して、表示させた画面はLINEだった。
「これ、Aさんとのやり取りだよね」
「はい」
「いつの間にAさんのLINE手に入れたの?」
「……そこは関係ない」
「いや、いやいや。僕だってAさんとLINEしたいもん」
Aさんとはあるイベントのスタッフで、利発そうな雰囲気を持った可愛い女性で、本人がその気になれば主催もできるだろうと目をつけていた娘である。
「……俺、彼女と同じイベントのスタッフやってるんですよ」
「あ、そういうことね」
今時のスタッフ連絡はLINEでやるのかと明後日の感想が浮かんでいたものの、改めてその内容を読む。
「なあ、このAさんの『Fさんがあなたを追放しろと命令しても、それは私が断りますから』ってなんのこと?」
「そう、ここなんです」
そう言って彼はLINEを操作する。
「彼女とFさんでこういうやり取りがあったそうです」
そう言ってみせたのは、Aさんが送ってきたLINEのスクリーンショット。内容はAさんとその主催であるFさんとのやり取りである。
多分イベントのアレコレや専門用語で会話しているのだろう、僕はこの会話の内容を全部理解はできなかった。ただ、わかった場所だけ述べると。
「……つまり、あんたは問題児だとFさんはいいたいわけで、できればイベントスタッフやめさせたいとAさんに言っているってことか」
「はい、そうです」
ここまで聞いて、僕は一つの疑問が浮かんだ。
「なあ、聞いていいか?」
「はい、なんですか」
「この、あれやこれやの問題って話、あんたには直接来てないの?」
「はい。全部Aさんを介して」
「FさんのLINEは」
「知ってます」
「……じゃあ、このAさんからもらったこのスクショの内容、本当にFさんからかとか、本心でそう思ってるのかとか、Fさんに確認したの?」
「それが、その……」
ここでまた口ごもる彼に苛立ちを隠せなくなり、僕は2杯目のコークハイを半分飲み干す。
「俺からこれを聞いたら、Aさんの立場がなくなるじゃないですか」
「??」
「だって、これグループチャットじゃなくて二人だけのLINEですよ? これを見せるような人って烙印を押されたら、彼女がかわいそうじゃないですか!」
「……でも、彼女はすでにあんたに見せてるわけで」
「それは、その。こういうふうに目をつけられているから気をつけてねって話で」
ようやく話はわかった。
Fさんは(理由はともかく)本人に直接言わず、彼に直接意見の言えるAさんに対し彼がいかに問題児か説き、それを彼女の口から言わせることで彼に自発的にやめさせようとしてるんだと。
個人的にはFさんが直接言わないだけの卑怯野郎なだけである(たとえこいつに問題があったとしても)という話で終わりたいのだが、さて、どう落としどころをつければいいのか。
「彼女はこう言ってくれるんですけど、僕が何かミスするたびに彼女のところに僕のミスについての愚痴というかお叱りが飛んでるらしくて。非常に彼女に申し訳なくて」
「で?」
「へ?」
僕の言葉に彼はキョトンとする。
「あんたはどうしたいんだ」
「と、言うと?」
「Fさんは文句を直接行ってくれれば解決するのか、このままAさんが守ってくれるから気をつければいいのか、それとも別の何かがあるのか」
彼はしばし考えた後、こう答えた。
「俺の問題に、彼女を巻き込みたくない。だから、Fさんは問題があったら僕に直接言って欲しいと思ってます」
「なら、まずそれを本人に伝えればいいんじゃないかな。あんたの問題は直接言ってくれと。それでもまだAさんを介してじゃないとお小言が飛ばせないようなら……」
「なら?」
「Fさんはその程度の男だということでしかない」
そこで僕は彼と別れたのだが、何か嫌な予感がしてならなかった。こういうときの予感は自分で嫌になるくらい当たるのだ。
今回も例に漏れず予想は当たり。
数カ月後、彼が入院したという連絡が飛び込んできた。
そして、Aさんがそのイベントのスタッフを抜けたという風のうわさもほぼ同時に入ってきたのだった。
とりあえず彼のお見舞いにでも行こうかと病院を聞いたのだが、現在面会謝絶だと聞いて僕は諦めることにした。
今回の僕は何があってこうなったのか、知らない立場でいないといけない。何があったのかは予想はついているが、その予想は当たっているかどうかわからない。僕の被害妄想なだけかもしれない。
ただ確実なのは。
Fさんという人はその程度の男だということだけで。
そして、その事実を知った人間は皆不幸な目に遭うという「被害妄想」が僕の中に植え付けられたと言うだけの話だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます