26 辻の烏が言うことに

 私が言葉になってないような滅茶苦茶な悲鳴を上げたのは、しょうがないことだった。金切り声でオサキと叫ぶけど、返答はありはしない。尭と会った時みたいに隠れてるじゃないかって、必死に喉をからして、できる限りの大声を出してみたけれど、「うるせえ!」っていう近所からの苦情が一件、跳ね返ってきただけだった。

 その苦情で頭が冷えて、真っ白になる。全身から力が抜けて、へたり込むしかなくなった。そのへたり込んだ脚も、地面についた手も、確かに人間の手だった。右手なんかは四日ぶりくらいの人間の手だ。けど、それに喜ぶ気力はない。

 だって、私はオサキに導かれて、狐になるはずだったんだ。それがなんで、ここでこうして人間に戻ってるの? 意味がわからない。

「あら、憔悴してるんだわ」

「おお、ほんとだほんとだ」

「あんたたちは、知らないの? オサキの居場所」

「あら、知らないんだわ」

「おお、知らない知らない」

 どうやら、少なくとも今この場にはいないらしかった。何も見えてなかった時の私に、現実を見せつけた右の鏡を再度確認してもオサキが見当たらないのだから、それは多分本当だ。

 ならじゃあ、一体どこにいるというんだろう。

 あの稲荷神社にまだいるのだろうか? そもそも狐になるという話はどうなってしまったんだろうか? オサキは大丈夫なんだろうか……? 不安が次々と膨れ上がっていく。

「オサキモチは願った あの子の困難を支えてと

オサキギツネは遂行した あの子の日々を見守った

オサキツキは泣いた ひとりぼっちのあの子だと」

 聞いたことのないその朗詠は、真上から振ってきた。その声の主は、街灯のせいで逆光になってよくわからない。だが、その街灯が不自然に瞬き出した。やがて、完全に光を失う。と同時に、電線に身を落ち着かせた真っ黒いものがゆっくり見えてくる。

「あら、八咫烏だわ」

「おお、八咫烏だ八咫烏だ」

「八咫烏!?」

 ずっと探していた八咫烏がこんな時に現れるなんて、想像もしていなかった。人間に戻る方法を聞くはずだったのに、これじゃあもう手遅れだ。なんで今更、現れるんだろう。

「黙っておいでなさいネ、照魔鏡。雲外鏡」

 その一言で、途端に辺りが静かになる。夜の闇が、一切合切の音を吸い込んでしまったようだ。

 それらの闇を支配するようにそこにいるのは、濡れ羽色の体を三本足で支える烏だ。銀色の眼だけが爛々と輝いている。知性のある落ち着いた色合いだ。九尾の女狐とは違う理由で、肝が潰れそうになる。持っている力を誇示しようという姿勢は全くないのに、その佇まいだけで精強かつ高貴なことが一目でわかる。まさに、神の使いだった。

「お初にお目にかかりますネ。ご存じの通り、八咫烏と申しますネ」

 柔和な雰囲気にも関わらず、どこか有無を言わせぬ圧力があった。私がここから逃げ出すことは、きっと許されないんだろう。そんなつもり、毛頭ないけど。

「貴方に一つ、語ってきかせたい昔話があるのですネ。よろしければ、ご静聴願えますカ?」

 私は無言で首肯するのみ。逆らおうなどとは、一瞬たりとも思えなかった。この八咫烏が話すことならば、全て重要で必要なことなのだろう。そんな確信をいつの間にか得ていた。

 八咫烏は満足気に頷くと、濡れ羽色の翼をばさりと広げ、音もなくそっと畳んだ。

「それでは語りましょうカ。哀れな末っ子のオサキについて」

 銀色の眼は静かに伏せられ、遠い昔話が始まった。



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