24 夕暮れの問い

 オサキの宣言通り、夕方、連れ立って外へ出た。問題は異形と化している私の見た目だったが、あえて隠さなくていいということだった。昨日は狐火を吐けたし、妖怪としての力が強くなってるらしい。下手に喋らず、気配を殺していれば、存在すら認知されないだろうということだった。もしも不測の事態があれば、背に乗せて隠蔽してしまえばいい。それならと、黒い手袋もせず、ラフな私服にした。最後に着る服になるかもしれないと着てから気づいた。この家に過ごすのも最後。そう思うと、色んなものが惜しく思えた。

 オレンジのエレキギター、楽譜、制服、スクバ、並んだ勉強机、二段ベッド……。

 自分の部屋だけでも、大切なものは色々あった。けど、狐になるんじゃどれも持ってはいけない。仕方ないことではあったけれど、クーラーの機械音が止まるのを聞くと、妙に寂しかった。しばらく部屋が冷え冷えとしていたのが、いっそうそれを掻き立てた。

 しかし、一歩外出してしまえば、むわっとした熱気が体を包む。オサキはそんなもの感じてないように、先立って歩いていった。私は、慣れない狐の右脚でゆっくりと続いた。靴は履かなかった。おかげで、コンクリートの熱をはっきりと感じる。部屋との気温差が、現実をやんわりと主張していた。

 会話はなかった。声を出して他人に気配を悟られたくなかったし、するべき話もなかった。目的地についても敢えて尋ねようとは思わなかった。気持ちのいい場所ではない可能性のが高いんだ。狐になるなんて、並大抵のことじゃない。今までは眠っている間に事が済んでたけど、今度ばかりはそうはいかない。どれだけ物々しい場所に連れて行かれたって不思議じゃないんだ。

 そう思っていたのに、辿り着いたのはあの稲荷神社だった。

「ここ?」

 鳥居を潜る前に確認すると、オサキは確かに頷いた。予想外の場所だった。あの白狐に何かしてもらうんだろうか? 正直気は進まない。私とオサキを躊躇なく殺そうとした相手だ。この前、春と喋ってる時は姿を見せなかったけど、いつもがいつも平穏に済むわけがない。だが、避けるわけにもいかないか。

「わかった。……行こう」

 一度深呼吸して足を踏み出す。が、オサキに服を引っ張られて止められた。

「最後に、…………最後に聞かせてはくれまいか?」

 オサキは、逡巡しながらもそう問うた。

「何?」

「汝は、まだ生きたいか?」

「……勿論」

「そうか」

 ふっと、赤い眼が緩やかに細められた。まるで、初めて会った時、自由落下の中で見たあの眼差しと同じ美しさだった。

「オサキ……?」

 胸が、ざわついた。何も考えず伸ばした手は空を切り、ただ穏やかな声が聞こえる。

「許せ、人間」

 そう言ったのはオサキではなく、私の口だった。反射で口を覆おうとして、手が動かなくなってることに気がつく。体を乗っ取られた? え? 何で? 疑問だけが沸き上がる。代わりに、意識が強制的に沈んでいく。何も、考えられなくなる。

 最後には、鳥居を前にして茜色に染まったオサキの、赤い眼だけが、瞼に焼きついていた。



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