16 夢一夜

 こんな夢を見た。

 薄暗い教室で、授業を受けている。多分、雲が太陽を覆い隠してるせいだろう。雨も降っていないのに、教室には影が落ちている。

 私は一番通路側の前から二番目の席で、授業を受けている。隣に座ってるのは尭じゃなくて、女子だ。四月の時、隣の席で、私の点数に苦笑していた子。彼女は、私のほうなんて一瞥もせず、教壇に立つ先生の背を見つめている。

 チョークのカツカツという音と、シャーペンのカリカリという音だけが響いていて、嫌に静かだった。私語に五月蠅い先生のような気がする。背をずっと向けたままの先生が何の授業を教えているのかも、何という先生なのかも、曖昧だ。ただ、私はこの授業をまったく理解できていないということだけがはっきりしている。

 広げたノートには意味のわからない板書が写されてるだけ。教科書のページすら適当だ。ただ眼は必死にその文字列を追っている。そうして絶望する。なぜこの文字列が理解できないのか。自分自身にそう問うと、息が苦しくなってくる。眼前の風景が歪んでいく。必死に酸素を吸い込んで、呼吸を整えて、私は機械になったかのように板書を写していく。その意味の一端すら、わからぬまま。

 ポキリ、と折れるシャーペンの芯は私の心そのものだ。ポキリ、ポキリ。小気味いい音を立てる。

 私は心の中で頭を抱える。もう嫌だ。勘弁して。いくら思っても、教室の時計の針は先程から全く進んでいない。教室は静寂に包まれたまま、先生も板書を続けたまま、生徒もシャーペンを走らせたまま。

 周りの時間が停滞してる。テレビで同じシーンを延々と流されているような虚無感。

 ただ、そこで見えるのは、一匹の狐だ。私はその存在をあっさりと受け入れている。いつもいつもいたように感じてる。その狐は、三つ叉の尾を揺らし、私の机の端にぶら下がっている。視界の邪魔にならないように、筆箱を落とさないように、そっと顔を出している。でも、私の黒い眼と狐の赤い眼が合うことはない。不干渉のまま。互いの存在を認識し合っているだけ。

 狐は何も言わない。私も何も言わない。

 ただ、いつの間にか、ぽつぽつと小雨が降り出していた。ぽつぽつと落下して、ノートの罫線を波立たせる。

 私はそれを見下ろして、星を見たいと願うのだった。



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