15 並んだ勉強机

「瑠依、微分積分ってできるか?」

「は? いや、高三の受験勉強とか手伝えないから」

「だよなあ……」

 夜中、自室の勉強机で、靖が突っ伏していた。広げられてる数学の問題集が扇風機でぱたぱたと煽られている。それを腕で押さえつけながら、靖は何度目かわからないため息を吐いた。

「それ、宿題?」

 二段ベッドでスマホをいじりながらの片手間に尋ねる。オサキは興味深そうに、スマホの画面を見下ろして大人しく黙ってる。さっき晩御飯に厚揚げが出たのをそっとわけてやったから幸せらしい。単純だ。

「そう。合宿前に多少はやらねえとって思ったんだけどなあ……正直無理だ」

「まあ、脳みそまで筋肉なタイプだもんね」

 バレー一筋の高校生活を送ってたのはよく知ってる。三年になってからもまともに受験勉強してた様子はなかったし、兄妹そろってバカなのかも。

「そんなことはないさ。兄妹どちらも、力はあろうよ」

 オサキが根拠もなくそんなことを言い出すけど無視だ無視。

「とにかく、明日は早朝出発なんでしょ? 遅刻しないように早く寝たら?」

 時計は十時を指している。早起きするなら、そろそろ寝たっていいだろう。

「ん、いや、半まで」

 むくりと起き上がって、靖はシャーペンを持ち直す。だが、一向に手は動かない。わからないことはやっぱりわからないらしい。ガンバレッ!

「汝はやらぬのか?」

 オサキがスマホの画面に疲れたのか、赤い眼を擦りながら言う。

「だから、やれるわけないって。この手じゃ」

 靖に聞かれないよう、小声で答える。電話してる振りでもしたほうがいいかな。いや、会話の内容自体が問題か。

「今日までならまだ、左腕が残っている。明日は、それもなくなるぞ」

「脅し? 自分がやってるくせに……」

「左様であった」

 項垂れて、前足に顔を埋めた。やっぱり、オサキの考えは読めない。全部、オサキが取り憑いたことが始まりなのに。ため息を吐きながら、私は二段ベッドを降りて、靖の隣にある自分の勉強机に座る。

「瑠依?」

 集中し切れてない受験生の問いかけは無視して、スクバから現国の教科書を取り出す。鉛筆は持てないけど、本を読むくらいならできる。宿題の一つに、読書感想文があった。それくらいなら、やったっていいだろう。いつまでこの手でいなくちゃいけないかわからないんだ。明日には、左手も狐になってしまうなら、今の内に読んだほうがページを繰るのが楽だ。

 作品は確か、「夢十夜」だったっけ。作者は夏目漱石。

 「こんな夢を見た。」

 そんな文章で始まる小さな小さな物語たち。私はそれをゆっくりゆっくり読み進めていった。



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