11 万事解決の方策

 はっきり言って、タチの悪い嘘だと思った。

 ああ、あそこの坊主は諒という名だったか。なんて呑気に相づちを打つ獏の言葉も適当な芝居としか考えられなかった。だって、そうでしょ? 諒が私を好きだなんて、あるわけがない。ないのに、なんでこうも私は動揺してるんだろう。

 スマホを操作する指がどうしてこうも覚束ないんだろう。電話一本かけるのにこのザマなんて、情けない。

 コール音に、私は噛みつくように叫んだ。

「もしもし! 春、今ちょっといい?」

 春と話すのが気まずいなんて言ってる暇はない。頼れるのは彼女しかいないんだ。

「え〜〜何。今、デート中だったんだけど。なんかヤバイことあった?」

 鬱陶しそうにしてる春の顔が脳裏に浮かぶけど、構ってなんかられない。そうだ、こっちはヤバイんだ。一大事なんだから。

「諒が、……その、私のこと好きかもしれないんだって聞いて、それで」

「その話? 何、まさか気づいてなかったの?」

 ピシリと心が固まった。まさか気づいてなかったの? その言葉が現すのは、やっぱりそれが真実だってことのみだ。

「ほ、ほんとーに、そう思うの?」

「誰から聞いたかわからないけど……少なくともあたしにはそう見えた。美術部の他のメンツにでも聞いてみれば? 毎日一緒に登校したりしてるくせに、よくもまあ、今まで気づかなかったもんだよね」

「いや、だって!」

「だってじゃないでしょ。あんた、諒のこと意識してなさすぎなんだよ。正直ねー、可哀想。あいつ、ヘタレっぽいけど人柄は悪くないじゃん? 気づいたんならさっさと付き合っちゃいなよ。万事解決じゃん」

「万事解決って……」

 春は何も知らないから偶然にすぎないだろうけど、万事解決という言葉はあまりにも的を射すぎていた。そうだ。諒と私が付き合えば、それでオサキとも別れられて、恋人も出来て、一石二鳥だ。……本当に? だって、私、一回も諒のことをそういう目で見たことなんか、なかったのに。恋愛対象として見るだなんて、無理だよ。

「できるできる。恋愛って別に、少女漫画みたいに始まるわけじゃないんだから。本当の恋なんてもんはね、ロマンチックじゃなくて泥臭いんだよ。せっかくだからほら、大人の階段、登っちゃえ」

 軽々しい台詞だった。だからと言って、バカなって一蹴できるほど私は強くない。恋とか愛とかそんなものとは無縁な生活を送ってきたんだ。強いて言えば、クラスの机に齧りつくようなそんな生活だったんだから。

「無理だってば」

 脳裏を過ぎるのは、クラスのこと。あの空間で息をするのも辛い私が、諒に救いを求めていなかったと言えば嘘になる。けど、それを恋愛なんかと結びつけたくはない。諒のことは友達として好きなんだ。付き合うだなんて、……考えられない。

「好きな人、別にいないんでしょ?」

 そうだそうだとでも言うように、オサキも頷いてる。退路を断たれたような気分だ。

「とにかくさ、あたしとじゃなく諒と話したら? そのほうが手っ取り早いよ」

 正論だ。正論過ぎて、尻込みする。けど、春はこういう時待ってはくれない。じゃーねーなんて、あっさり電話を切られてしまった。スマホ片手に、私は立ち尽くす。どうしよう。今すぐ電話をかける勇気なんて到底出てこない。

「意気地のない人間じゃ」

 獏に鼻で笑われるのは心底悔しいけど、言い返すことはできなかった。唇を噛み締めて耐えるだけ。私が得意なのは、多分こうやって耐えることだけなんだ。踏み出すことなんて、できやしない。

「意気地も勇気も、いらぬ。踏ん切りがつかぬというのなら、それもまたそれさ。獏、助かった」

「何もしておらんじゃろうて。三つ叉の望みは叶えられんというのを知らしめたのみじゃ」

「いいさ。承知の上だ。もし他に方法があればと意地汚くも願ったのみ」

「方法?」

「左様さ。この尾を戻す方法が、否、九尾の女狐をどうにかする方法があれば……よかったのだが」

「仕方ないことじゃ。これは、過去の清算」

「その通り。……報いとすら、言っていいことなのだから」

 オサキは、寂しげに口の端を歪めた。なんで、この狐はふとした時にこんな悲しそうになるんだろう。何が、彼をこうさせるんだろう? 興味をそそられるような、踏み込んではならぬような、真反対の気持ちが天秤の上で揺らぐような思いだった。



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