2.おとぎ話の主人公
第24話
山を背中にし、田んぼを目の前にして建つ小さな白い家━カフェ「ムジカ」はランチ客で賑わいを見せていた。店のマスターであるクニさんは黙々とオーダーされた料理を作り、アイカはオーダーをとり、手早く給仕をし、店を回していた。
月曜から木曜が朝8時から夕方6時までの営業であるムジカにとってこの時間は稼ぎ時。金曜と土曜だけは夜の10時まで営業しお酒を提供しているのだが、これはお酒好きのクニさんの趣味として営業している。そのため、やはり稼ぎ時のランチタイムは2人にとって戦場なのだ。
「クニさんパスタランチ2、本日の定食1です!」
「はい。アイカさんこの仕上げ頼みます。」
「了解。」
山間にある小さなカフェながら、田舎でコーヒーを楽しめる貴重な空間として地元民が多くやってきたり、カフェ好きな若者などがドライブがてらやってきたりと、なかなか繁盛している。
稼ぎどきを過ぎるのは3時を過ぎたころ。ランチからずっと話に花を咲かせるママ友グループと、遅いランチを楽しむ女子大生の2人組、持ち込みのモバイルPCと睨みっこしているサラリーマンだけが、このゆったりとしたムジカでのひとときを楽しんでいる。
暦の上では秋だというのに、昼間は強い日差しが眩しかったが、3時を過ぎると少しずつその光は和らぎをみせる。目の前の田んぼには所々黄金色になりつつある稲穂が風になびいているのも見える。やはり秋は来ているのなだと思う。
ランチタイムで山になった食器たちを片付けながら、アイカは外を眺めた。稼ぎどき過ぎ、落ち着いて窓を見る余裕がようやく出来た、とほっとする。同じカウンターの奥でお客さんに見えないように、小さな椅子に座ったクニさんは、背中を丸めてまかないパスタをほおばっている。
脱サラしたクニさんが念願叶って始めたこのカフェ「ムジカ」は、もうすぐ4年を迎える。カフェで出されるクニさんの作る料理がおいしいと地元のママさんたちの間で口コミが広がり、店は少しずつ客が増えた。それから、空前のカフェブームも追い風となり、開店半年を過ぎるころ、カフェ「ムジカ」はそこそこの人気店となった。
はじめはクニさんが一人で、忙しい時間はその妻マキが手伝う形で店を切り盛りしていた。店自体がそれほど大きくないし、アルバイト経験などで心得ていたつもりではあったが、店が賑わい始めると2人では上手く店が回らなくなった。人手がほしい。
そこで声をかけたのがアイカだった。
アイカはマキの高校時代からの友人で、高級宝石店に勤めていた。マキはアイカが趣味でものすごい数のカフェめぐりをしていて興味は絶対あるし、接客スキルも申し分ないじゃないか、と夫に提案した。クニさんはせっかくのキャリアをやめて個人のカフェに来てもらうのは難しいし、お給料だって今の職場ほど出せないよ・・・とためらっていたが、ダメモトで聞いてみよう、とマキが強引にアイカにこの話を持ちかけた。
するとアイカは「うん、いいよ。いつから?」とあっさり引き受けた。これには頼んだ側ながらクニさんは
「え、いいの?そんな簡単に・・・!」
とうろたえた。
「人、足りないんでしょ?いいですよ。むしろ私でよければよろこんで!」
「うん、いやぜんぜん僕らはアイカさんがいいんだよ!でも・・・」
「ちょうど転職考えてたところでしたし。」
「そうなの?でもお給料も・・・。」
「あ、ぜんぜん。マキから聞いた条件でしたら、何の問題もありません。」
あまりにも潔く言うアイカの姿に、ここまで言ってくれるのなら頼もう、とクニさんはアイカに頭を下げてお願いした。
「じゃあ、よろしくおねがいします。」
「こちらこそ!」
こうしてアイカはムジカで働くようになった。
アイカが入ると店は今までが嘘のように効率よく回るようになった。クニさんのペースとアイカの店を回すバランスが見事に合ったのだ。マキは店に出る必要がなくなり、ダンス教室の仕事に専念できるようになった。
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