第23話
「さっちゃん、また必ず遊びにきてね!」
「今度は私の絵を描いとくれ!」
「元気でね!」
別れを惜しむ患者たちが病院の玄関に大勢おしかけていた。今日、幸子は退院を迎えた。
「はい、みなさんもどうかお大事になさって下さい。必ずまたお伺いします!」
幸子は嬉しそうに笑いながら皆に応えていた。
「田中さん、親御さんみえたよ。」
幸子の荷物を持ったナナミは玄関口に止まった車から降りてくる幸子の両親に頭を下げた。
「はい。ではみなさん。お世話になりました。」
幸子は患者たちや見送りに来た他の医者やナースたちに頭を下げると荷物を抱え車へ向かうナナミの背中を追いかけた。ナナミは荷物をトランクに入れながら幸子の両親と挨拶を交わしていた。
「幸子、横田さんにきちんとお礼をなさいね。」
幸子が車へ駆け寄ると、幸子の母はそう笑顔で言うと父と共に車に乗り込んだ。幸子はナナミの前に立つと、大きな封筒を差し出した。
「これ。お待たせしました。」
「あ、もしかしてこれ…」
ナナミは受け取ると中に入っていた一枚の画用紙を取り出した。そこにはぎこちなく笑う自分の姿が描かれていた。モデルという役どころに緊張していたのがよく分かる絵だった。ナナミはふっと笑った。
「ありがとう。大切にする。」
ナナミが礼を言うと、幸子が手を差し出した。握手…かな?ナナミはそっと差し出した幸子の手を握った。すると幸子はそのままナナミの胸に飛び込んだ。
「え?」
驚いて受け止めるので精一杯のナナミの胸の中で、幸子は顔をうずめた。
「また絵のモデル、お願いできますか?」
泣いているのか、幸子は顔を上げずに尋ねた。やはりみんなと別れるのが寂しいのに、強がって涙を我慢していたんだなあ。ナナミはそう解釈した。そしてナナミは小さく震える幸子の肩に優しく手をそえると、自分の胸から離して幸子の顔を覗くようにかがみ込み、「いいよ?」と言った。
その返事に幸子が嬉しそうに顔を上げた。やはり幸子は少し泣いていた。ナナミは幸子の頭をポンと撫でると
「でも、もう患者さんとしてここに来ないように、身体を大事にすること!」
と優しく続けた。
幸子は力強く「はい!」と返事をすると、ナナミからそっと離れ、両親が待つ車内へと乗り込んだ。
そして車内から笑顔で小さく手を振る幸子を乗せ、車は走り出した。ナナミは車が見えなくなるまで、その場で手を振り続けた。
彼女がきっかけで自分が今、失恋をしたばかりだというのに、こんなに清々しく、笑顔で見送れるのはなぜだろう。
彼女のせいではないと理性が抑制しているのか、幸子の持つ人間性がそうさせているのか。それとも看護師という職業についたことで、自分の心が思っていた以上に強くなってしまったのか。
いずれにせよ、ことの一部始終を見ていたであろう梅さんたちがいるロビーへ戻る勇気がないのは確かだ。ああ、自分がつい先日まで男と付き合っていたと言えたら、どんな言い訳より楽だろう・・・。
いや、・・・楽じゃない。
ナナミは自分の顔を両手でバシバシ叩き気合を入れると、小走りで敵陣の待つロビーへとむかった。
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