第20話

ドアの4分の1ほどの隙間からでもその目の持ち主が一瞬で分かった。


ユウトだった。


苦しそうで、悔しそうな、憎しみにも似たその目は、明らかにナナミに向けられていた。見つめられたナナミの心臓がドクンと大きく、強くナナミの全身に鳴り響いた。


ユウトはナナミの視線に気づくと、ドアを離れた。

「ユウトっ!」

ナナミは思わず名前を呼んだ。そして自分の胸にいる幸子に気がつきハッとした。幸子は顔を下げていて表情が分からなかった。

慌てて幸子をベッドへ抱えあげた。ベッドへ上げてもなお、ナナミの両腕をつかんだまま頭をもたげている幸子に声をかけた。

「ごめん、大丈ぶ・・・」

「行ってください。」

頭をもたげたまま、ナナミの言葉をさえぎって、幸子は言った。

「え?」

ナナミが不安そうに返すと、幸子は顔を上げた。

「いいから行ってあげてください!」

幸子は真剣な表情で続けた。ナナミは戸惑った。

「いつもの佐久間さんではありません、早く行って。」

握られたままの両腕がぎゅっと握られたのが分かった。そうだ。今行かなくちゃ。今話さなくちゃ。

「うん。」

ナナミ幸子と自分に言い聞かせるようにうなずくと、病室を飛び出した。


廊下に出るとユウトの姿はなかったが、ナナミは足をとめなかった。すぐに階段を降り、ユウトのいるリハビリ室のある3階のへ向かった。3階へ降り立つと部屋へ入ろうとするユウトの姿が見えた。

「ユウト!」

ナナミは思わず声をかけた。うっかり名前で呼んでしまったことに少し焦ったが、そんなことは気にしてられなかった。ユウトはナナミの姿が見えると、部屋には入らずナナミから逃げるように廊下を走りはじめた。

「はぁ!?」

予想外のユウトの行動にナナミは驚き、そしてイラついた。こうなったらとことん追い詰めてやる!ナナミは勢いよく走り出し、ユウトを追いかけた。

ユウトはナナミが降りて来た方とは反対側にある階段を駆け下りていった。ナナミはまた階段を降りなければならないのかとぐったりしたが、必死に追いかけた。

どれくらい走ったのだろう。深夜の静まりかえった病院内にナナミとユウトの足音だけが響いていた。そしてついに、ユウトは行き止まりの職員用の男子更衣室の中へ走り込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る