第13話

やはりアイカの言う通り、ユウトと話合わなければならないのかもしれない。ムジカでも厄介払いされたナナミは悶々としたまま朝を迎えた。


「私、次は横田さんを描きたいのですが・・・。」

幸子の声で聞こえたような気がしたが、あまり寝ていないから幻聴が聞こえたのだろうか?

点滴を確認しにいったナナミはかろうじて反応した。

「は?」

「だから、あの、私、横田さんを描かせていただきたいのですが!」

もじもじとした幸子がナナミに訴えていた。どうやら幻聴ではないらしい。

「は?なんで!?」

ナナミは眉をひそめた。

「前から申し上げている通りです!横田さんはお綺麗です!芸術をたしなむ者が美しいものを

描きたいと思うのは当然のことです!」

スケッチブックを抱きしめ、顔を赤らめ一生懸命に訴えかける幸子は・・・


可愛かった。


「いいじゃないか!ナナチャン!描いてもらいなさいよ!」

梅さんがナナミの肩を叩いた。いつからいたのか・・・と呆れたのもつかの間、次々に他の患者たちに囲まれ

、「描いてもらえ」コールが相次いだ。

ナナミは額に手を当てながら降参とばかりに言った。

「わかった。ただし、勝手に描いて。佐久間さんみたいにゆっくり座ってる暇はないから。」

ナナミは毒を吐いたつもりだったが、幸子は嬉しそうに目を輝かせ「はい!勝手に描きます!」とうなずいた。

どうしてこんなことになっているのだろうか。

ナナミは幸子のベッドサイドに座り、絵のモデルをしていた。

夜勤のナナミが夜ラウンドに向かうと、幸子が眠れないと起きていた。なにかほしいものなどはないかと尋ねると、絵をかけば眠くなるハズとモデルを頼んできたのだ。

念のためナースステーションに戻り20分程度ならと許可を得るとナナミはよっこらしょ

と腰を下ろした。

「横田さん、すみません。お忙しいところお付き合い頂いて…。」

描きながら幸子はナナミに謝った。

「いや、いいよ。こうしてゆっくり座るだけでいいだなんて、ありがたい仕事をくれたよ、田中さんは。」

夜勤でこうして長い時間、ただ座っていることなんて、新人の頃に先輩の仕事を横で見学していた時以来だ。嫌味ではなく、本当に有難かった。ここのところ、気持ちも体力も疲れていたナナミにはたとえこの機会をくれたのが幸子でも嬉しかった。

「その絵、いつごろ出来るの?」

「そうですね…退院するまでには。」

「え、まぢ?そんな一生懸命描かなくても。」

ナナミはぎょっとした。

「横田さん、いい加減怒りますよ。」

幸子は描く手をやめ、ナナミをまっすぐに見つめた。まさかのリアクションにナナミは息を飲んだ。

「わたしは作品に手を抜くなんて出来ません。たしかに描かれているのは横田さんですが、描いているのはわたしです。この作品はわたしのものです。わたしの大切で大好きな作品なんです。」

そういうと幸子は愛おしそうに絵を撫でた。

その絵の中で、自分が笑っていた。なんだか自分が撫でられ、愛されているような、不思議な感覚だった。

「そっか、ごめん。続けて?」

ナナミは申し訳なさそうに幸子に言うと、「はいっ。」と幸子は笑顔で作業を再開した。

それから2人は一言も言葉を交わさず、互いの役割を全うした。ただ座っているだけだったが、一生懸命に愛おしそうに絵を描き続ける幸子の姿を見ると、モデルもしっかりやらなくてはという気持ちになった。

結局ナナミは20分を5分ほど過ぎたころ、幸子の部屋を出た。

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