第12話

新人の教育と通常の業務、そしてデートに忙しくも充実した日々を過ごしていた、ある朝。

ナナミはいつものように幸子の看護にあたったていた。

「横田さん。わたし、佐久間さんの絵、完成したんです。」

嬉しそうに幸子が自分のスケッチブックを開いてみせた。一瞬なぜだか見るのをナナミはためらった。後に思い返すとそれは反射的なものだったのかもしれない。

ナナミは幸子に促されるとゆっくりとスケッチブックを覗き込んだ。

そこには、ナナミが一番好きなユウトの笑顔が描かれていた。とても優しく、癒される表情。普段は見せないけれど、二人でいる時にたまに見せるこの幸せそうな顔をナナミは特別気に入っていた。

「とても素敵に笑う方ですよね、佐久間さん。」

幸子は嬉しそうにスケッチブックを眺めながらつぶやいた。その言葉はナナミに向けられたようで、そうでない、小さな声だった。

「うん、そうだね。」

ナナミはそれより小さな声でつぶやいた。そのくらい幸子が描くユウトはすてきだった。そして、この絵が意味する事実に困惑した。この笑顔は自分ではなく、幸子に向けられている。それも絵を描き終えるまでの長い時間。

人間というのは不思議なもので、本当に衝撃な出来事に直面すると、意外と冷静…いや冷酷になれる。どこかに緊急用のレバーがあり、それが作動しているとしか思えないほど、ナナミは冷静で冷酷で、ネガティブでディテクティブ(探偵)だった。

あの絵を見てから、ナナミはここ数週間を振り返り始めた。幸子がユウトの絵を描き始めたころからだ。

2人の周りにお花を見たあの日、アイカとマキにたしなめられ、ユウトを信じたナナミは完全に安心していた。お花がチラついたりもしたが、懸命に無視をし続けた。するとそのうちだんだん気にならなくなった・・・。

なぜか。

それはその頃からユウトの課題が終わり、頻繁にデートをしており、ユウトとはとにかくいい関係を築けていたからだ。言い方を変えれば、ラブラブだった。数年ぶりのラブラブに正直舞い上がっていた。周りが見えていなかった。

しかし、その間もあの絵は描かれ続け、幸子とユウトの2人は向き合い続けていた。

そして、絵は完成した。完璧なカタチで。

「ああ・・・やらかしたんだ。」

ナナミは頭をテーブルにたたきつけるように伏せた。

「そうねー。やらかしたわねー。」

マキが鮮やかにターンしながら囁いた。

「やっぱ、そうかな?」

ナナミはまたしてもムジカでふてくされていた。横ではマキが新しい振りを開発するために店内で踊っていた。

「そうねー。ナナチャンは女の怖さを甘く見てるわねー。」

「そうかな?マキさんみたいな怖さもアイカみたいな怖さも理解してるはずなんだけどなぁ。」

テーブルに顔を突っ伏したままナナミはつぶやいた。

ドンッ!!

「だれの怖さですって?」

「わっ!!??」

ナナミの目の前にグラスに入ったレモネードをテーブルに叩きつけ、アイカがナナミをにらんだ。

「アンタねー。そんなに気になるならユウト本人と話しなさいよ!こんなところでウジウジ。営業妨害!」

「いいじゃなーい。アイカー。オーナーの妻が許すわよー?」

マキがまた華麗に回転しながら、怒るアイカをたしなめた。

「アンタはもっと邪魔!クニさーん!なんか言ってくださいよ!!」

アイカはさらに怒り、クニさんに訴えた。クニさんはニコニコしながら言った。

「うん、今は3人とも営業妨害かな?お外で遊んでおいで?」


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