第10話
一連の騒動で沈静化していたのもつかの間、数日後の昼間、幸子のいる病室はものすごい盛り上がりをみせていた。何事かと人をかき分け窓際の幸子のベッドへ近づくとナナミは思わず息を飲んだ。
「さすがさっちゃん!うまいねぇ!」
「いや、モデルがいんだわー!」
「この光景がすでに絵になるものー。」
梅さんを含む患者たちがああでもないこうでもないといいながらその光景を見ていた。
ナナミはほんの少しのあいだ、呆然とその光景をただ見つめた。
スケッチブックに向かい鉛筆を走らせる幸子のすぐ目の前に笑顔で腰掛けじっと絵のモデルをするユウトの姿を。
「あら、横田さん。もう血圧をはかるお時間ですか?もうすぐひと段落つきますので、ほんの少しお待ち頂けますか?」
気がついた幸子が呆然と立ち尽くすナナミに告げた。ナナミは「あ、はい!」と返事をして、気が付くとナースステーションへと走り出していた。
「どうしよ、お花、お花、…咲いて…た…」
とブツブツ呟きながら。
「なに、そのお花って?」
イライラしながらピザを頬張るアイカがナナミにたずねた。
「いや、お花はお花だよ…。周りに見えたんだよ!漫画みたいに。2人の周りにお花が!!」
ナナミは手にしていたグラスをテーブルにドンと叩きつけ、訴えた。
まるで恋人同士のように見つめ合い、向かい合う2人に動揺したナナミはナースステーションへ逃げ込み、一日ぎこちなく過ごした。
途中でユウトが不思議そうな顔をして話しかけて来たが、お腹が痛い…などと言い訳をして誤魔化していた。
とにかく仕事に集中しようとがむしゃらになったが、ふと気を抜くとまたお花を思い出し、わーっと頭を抱えた。一日中その繰り返しで耐えきれず、ムジカでの臨時招集を願ったのだ。
「わざわざ臨時招集だーとか騒いで、まさかそれだけぢゃあないわよね?」
アイカの問いかけにナナミは反論した。
「そ、それだけって、可愛い女の子だよ!もう美少女!しかも女子高生だよ⁉」
「え⁉ユウト、女子高生趣味なの⁉」
飲もうとしたワインの手を止め、マキが驚いた。
「いや、違うから。」アイカが即座に切り込むと「ぢゃあ、まさか、制服フェチ⁉」とさらにマキが驚いた。
「いや、うーん、それは…そうなの?」
アイカが真剣にナナミに尋ねた。
「…っ」
ナナミは真っ赤になり口をパクパクさせた。
「まさか、ビンゴ?」
「そうなの?そうなの?」
訝しげなアイカと楽しそうなマキに見つめられた。ナナミは思い当たる節があるような気もしたが、やっと声を出して叫んだ。
「ん、いやっ、ち、違うし!第一彼女は患者さんだから女子高生とはいえ制服着てないし!」
「ぢゃあいいぢゃない、制服で言えばナナちゃんのが毎日着てるし?ナース服。」
「だから制服フェチとかぢゃないから!」
マキの変にポジティブな発言にナナミはタジタジだ。
「その話はともかく、ユウトがアンタを好きなのは、アンタの外見とか制服姿だとかぢゃないって分かってるんでしょ?」
まだあーでもないこーでもないとつぶやくマキを無視してナナミを見つめた。確かに、あれだけモテているユウトが自分を選んでいるのは疑問だった。特別外見が優れているなんてもちろん思ってもいないし、自分は本当にごくごく普通の人間だと思っている。最近自分を「美しい」とナナミを評したのは図らずも幸子だった。
「う、うん…。」
ナナミが煮え切らない返事をするとアイカは再びピザをほう張りながらぶっきらぼうに言った。
「あたしはあいつの友達やってて、決して出来た男だとは思ってない。でも、アンタを選んだとき、ちゃんと人間見れてるなって、こいつちゃんと恋愛出来てるぢゃん、心、動くんぢゃん!て思った。どんどん手からすり抜けてく掴めない男だけど、ちゃんと人の手を掴んだんだなって。あたしは友人なのにずっと掴めなかったけど。」
確かにあのユウトから付き合いを申し込まれたときは驚いたものだ。お互い意識をしていることは承知していたが、向こうから告白してくるとは思っていなかった。なんなら自分から告白しようと思っていた矢先のことだったからだ。
「それにナナちゃん、ステキよ?」
マキがナナミの腕に優しく触れながら笑った。
アイカの言葉に下げていた真っ赤な顔を上げるとマキは続けた。
「あたしの次にね?」
「はぁぁあー?」
眉をひそめるアイカと、してやったり顔で笑いながらワインを呑むマキをみて、ナナミは笑った。
そうだ。自分の手を掴もうとしてくれたユウトが好きだった。もっと信じてみよう。ユウトも自分も。
ナナミはピザを口に頬張ると、お花の幻想も一緒に飲み込んだ。
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