第6話

梅さんがどこから聞いてきたのか、新しい同室仲間の情報を、新しくない同室仲間たちに自慢げに披露し始めた。

ナナミは聞き耳を立てながら、黙々とそれぞれの患者の仕事をこなした。梅さんの噂話は嘘も多いが、ためになることも多く、ヘタな引き継ぎ資料を読むより、アセスメントに役立っていたりするからだ。だが、決して役にたっていることを梅さん本人には言わないのが、6東のナースたちの暗黙の了解だった。

最後に、空いている窓際のベッドに噂の患者を迎え入れる支度をした。

「じゃ、またお昼に来ますから、皆さん、よろしくお願いしますね!」

ナナミは声をかけると、新人を連れて、次の部屋へと向かった。

腕時計をチラリと見やると、すでに9時。お昼に新しい患者を迎え入れることを考えると、

「今日のランチはいただけないかも…。」

折れそうな心を必死に支え、ナナミは力いっぱいワゴンを押した。


慌ただしく時間が過ぎ、患者たちの昼食を終えたころ、ナナミはナースステーションパソコンの前に座っていた。

「あー。ハラヘッタ…。」

噂の新しい患者のデータが映し出された画面を半ばボーゼンと見つめていた。眠気と燃料切れが響いているようだ。

「口からよだれ、出てる…」

「はっ!?」

突然耳元で声がして、ナナミは驚きながら振り向くと、クスクスと笑うユウトがいた。

「ちょ、なにすんの!」耳をさすり、周りを警戒しながらナナミは小さい声でユウトを叱る。

「大丈夫!皆いないし。それより、よだれ垂らしてパソコン見てるお前のが、あやしいから。」

「え、あ!」

ユウトに言われ、慌ててよだれを拭った。全然気がつかなかった自分に、ナナミはうんざりしながら、肩を落とした。

「あ、サッチャン、ナナミが担当なんだ。」

ユウトがナナミのパソコンを覗き込みながら言った。

「え?サッチャン?」

「そう。今日6東に来る田中幸子チャンでしょ?」

「ユウト、この子のコト知ってるの?」

「田中幸子チャン、17歳。高校2年生で美術部。二人姉妹の長女で、趣味は韓流ドラマをみること。好きな食べ物は桃で、嫌いな食べ物は冷やし中華…ってことくらいは知ってるょ?」

ユウトが無駄に自慢気にどうだとばかりにナナミに語った。

この自慢気に笑う姿がカッコ良かったりするんだよな…。と少しドキッとしながらも、内容が患者とはいえ女の子なのは如何なものか。ナナミはキッとユウトを睨んだ。

「なんで無駄に詳しいのさ、そんなに。」

「なんでって、見ろよ、ここ。」

ユウトがPC画面を指差した。そこには「リハビリ担当:佐久間ユウト」と映し出されていた。

「なに?患者の女の子に妬いてるわけ?」

ユウトはニヤつきながら再びナナミの耳元で囁いた。

「ばっ!ばか!」

ナナミは耳を真っ赤にしてユウトを叩いた。ユウトは気にもせず

「一緒にサッチャン、いや、幸子さんの治療に全力を尽くしましょうね、横田サン。」

と、ひらひら手を振りナースステーションを去っていった。

なんだよ、サッチャンって…。と、小さい声で1人愚痴りながら、ナナミは田中幸子を迎えに席を立った。

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