第5話

休日明けというのに、ナナミの仕事振りはすこぶる調子が悪かった。いつもなら仕度を終え、

受け持ちの病室にいなければならない時間だというのに、まだナースステーションの片隅で仕度をしている。

これでは帰りがうんと遅くなってしまう。そう感じながらも、どうしても手を早めることができない。

「横田さん、大丈夫ですか?」

隣で仕度を手伝っていた指導をまかされている新人に、不安げに顔を覗かれてしまった。

「あ、ごめんごめん。いきましょう。」

慌ててワゴンを押してナースステーションを出た。こうも調子が悪いのは、6東いち出来の悪い

新人を任されたわずらわしさからでも、今日からの3日間続く昼夜逆転の勤務への憂鬱からでも

ない。

睡眠不足だ。

月に1度、あの二人とムジカで開く「貸切会」の翌日はいつもこうだ。

三人の仕事や恋愛の近況から、懐かしい思い出話まで、

一晩中おいしいクニさんの料理をほおばりながら夜通し語るのだ。

帰るころには、話しすぎで酸欠気味、頭痛がするほどに、とにかくしゃべって笑う。

次の日がこんなにつらくても、この楽しさに勝るものはないとナナミは思っている。

「横田さん、お部屋通り過ぎてます!」

ナナミが押すワゴンを引き止めながら新人が叫んだ。ナナミはハッとして止まった。

「ご、ごめん。ぼーっとしてた。」

あわてて担当病室へと進行方向を変えた。

病室に入ると、おなじみの患者さんたちに挨拶をして、テキパキと仕事をこなしていった。

とはいえ、新人の様子を見たり、手本を見せながらの業務はいつもより時間がかかってしまう。

ましてや今日は自分のコンディションも最悪な上に、新たな担当患者が増えてしまったのからだから、

大幅な残業になること必至だ。

「今日、新しい人が来るそうじゃない。」

点滴を交換するナナミに、病室で一番年長のおばあさんである梅野セツさん、通称「梅さん」が話しかけてきた。

小さい身体で考えられないほど大声で笑い、病人とは思えぬ明るさで6東の人気者であり彼女はナース達とも

仲がいい。

「そうなんです。梅さん、よろしくお願いしますね。」

「まかしときな!私は6東の患者暦ナンバー1なんだから。」

梅さんは自慢げにこぶしを握りアピールしてきた。そんなこと自慢にならないだろ・・・と思う気持ちを

そっとしまい、

「助かります。」

と素直に喜んで見せた。

「しかし、今回はずいぶん若い子がくるらしいじゃない。」

点滴の針を入れられながら、梅さんは続けた。

「ええ、まだ高校生だとか。」

ナナミは朝ざっくりみたカルテから曖昧な記憶をたどり答える。

「あんたら、嬉しいもんじゃないのかね、若い人が来るってのは。」

梅さんはニヤニヤしながら尋ねてきた。

「患者さんに若いもなにもありません。そもそも皆さんに健康でいてほしいからこういう仕事しているわけ

ですし、患者さんが増えることを喜ぶなんて、不謹慎です!」

ナナミはふてくされながらいうと、梅さんの点滴の針を固定するテープを強めに貼り付けた。

「はいはい。真面目なナナチャンに聞いた私が悪かったよ。」

梅さんは相変わらず二ヤつきながらナナミにいうと、そばにいた新人に

「あんたも大変だね、こんな怖い先輩に習うなんてねぇ。」

と声をかけた。「はい。」と新人は屈託のない笑顔で答えている。ナナミは医療の知識や医療行為のまえに

新社会人としてのいろはから教えなければならないのかと、ため息をついた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る