第3話

まぶしかったはずの太陽がゆっくりと傾きだし、柔らかで寂しげな光に帯び始めた。

夜勤後には欠かせない入浴と睡眠を存分に楽しんだナナミは、山間に流れる川沿いの道を車で走っていた。窓を開けると、風呂上りには心地よい風がナナミを癒し、風の中から虫たちの声が聞こえてきた。

川のせせらぎも微かに聞こえ、もっとよく聴こうとカーステレオの音源を切った。

風呂上りに適当に着たTシャツの隙間を縫って細やかに流れる風や、頭の中をまっさらにしてくれそうな自然の音は、病院での日々や喧騒、ユウトとのこと、そういった厄介な類を忘れられそうな気がした。

「もう夏だな。」

思わずつぶやくナナミの前に、田んぼに囲まれてぽつんとたたずむ小さな家が見えてきた。

庭に続き広がる砂利の広場に車を止め、ナナミはその小さな白い家のドアを開けた。

ドアベルの優しい音が響き、中にいる人がこちらを向いた。

「ナナチャン遅かったじゃない。」

腰に巻かれたエプロンで手を拭きながら、メガネをかけた女性がナナミを出迎えにやってきた。

「夜勤あけはどうも寝すぎちゃうのよね。」

ナナミがうなだれた様子で話すと

「じゃ、目覚めの一杯が必要ね。用意するわ。」

と、メガネの女性は先ほどまでいたカウンターへと戻っていった。

「よろしく。」

ナナミはカウンターに向かってそう告げると、ウッドデッキへつながる大きな窓のそばにある、馴染みの席に腰掛けた。


山を背中に、田んぼを目の前にして、この小さな家━カフェ「ムジカ」はひっそりと立っていた。モダンなウッド調でまとめられた内装に、個性的な違う形の椅子とテーブルがセンスよく並べられた店内には、優しいボサノバとコーヒーの香りが流れていた。

客は1組、カップルが楽しそうに雑誌を眺めている以外、ナナミしかいない。

「はい、目覚めには冷たい手作りレモネードが効くってよ?」

先ほどのメガネの女性がナナミの席にやってきて、グラスを置いた。

「ありがとう、アイカ。」

ナナミは受け取ると早速ググッと3分の1ほど飲み干した。

「あーっ。うま!クニさん、ホントに効きます!」

カウンターに向かって声を掛けると、小柄な男性があごの無精ひげをこすりながら

「そう?よかった。」

と、笑顔で応えた。

「このあとご飯なんだから、少しセーブして飲みなよ?」

メガネを掛けた女性━アイカは呆れた様子でナナミを諭し、帰るつもりなのか、レジに向かう先ほどのカップルの元へ向かった。その隙に、ナナミは残りのレモネードを勢いよくストローで飲み干し、グラスを掲げると、その姿を笑顔で見ていた「クニさん」と呼ばれるマスターに、「おかわり」と口パクで合図した。

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