四王寺山
ふじもとこういち
第1話(完結)
***
今日の四王寺は霧の中。
さっきは星が見えてたんだけどなあ…
日の出を見ようと思ったのに。
登山口に自転車を止めて、
ヘッドランプをつけて歩き出す。
今日は走らない。
四王寺山という山はない。
北に向かって馬蹄型の山並みに、
人工の土塁が築かれている。
最高峰は大城山。
410メートルの小さな山だ。
その他に大原山、岩屋山、水瓶山などの山々を総称して四王寺山と呼ぶ。
小さな山が、その場所のために大きな役割を担うことになったのは昔の話。
朝鮮式山城。
山の峰を利用してさらに土塁を築き、敵を防ぐ。
自然と人智の結集。
これを人の手だけでつくるなんて。
どんどんどどん。
どんどんどどん。
土を突き固める音が聞こえる。
想像を超える公共事業の好景気か?
それとも鞭と血と涙の結晶なのか?
どんどんどどん。
どんどんどどん。
固められた土の道を、一歩一歩。
***
ごそごそ。
日が暮れると土の中からナニカが出てくる。
むよなさは。のらはさな。ふなよな。
小さな茶色いモノたちは、集まり、離れ、つぶやく。
にひろにふ。のやのや。
道に落ちているヘッドランプに集まってくる。
ななふろふ。へりへよ。
ヘッドランプは持ち上げられ、くるくる回され、ひっぱられる。
ぴかっ!と光る。
わらわらわらとソレたちは逃げていく。
一匹が恐る恐るよってきて、ランプをくわえて姿を消す。
***
今日は足元を照らしながら登る。
昨日の帰り道にヘッドランプを落としたらしい。
まだ買ったばかりなのに。明るいうちに気づいていればまだしも、今朝家を出る時に初めて気づく始末。
あーあ。
こんな暗いところで探しても無理かなあ…
岩屋城趾で、夜が明け始める。
!!
眼下に広がる野を埋め尽くす
戦装束?
いやいや、それは暖かな街の灯り。
ここは、高橋紹運の七百の兵が、島津の三万を迎えて玉砕した場所。その時も、宝満山も天拝山も、同じように見えていたはず。
どんな想いでこの景色を見たんだろう。
***
もぞもぞ。
落ち葉の下からソレが現れる。
ぞろぞろぞろぞろ。
大きな茶色い絨毯のようになった真ん中で、ぴかぴか。
ランプが点いたり消えたりしている。
ほるぬぬめ!
もよすくぬ!
ソレは
新しい期待が爆発するような。
嬉しい温度が灼熱するような。
ダンスなのかもしれない。
***
今日は明るい日差しのなかを登る。
週末でも人が少ない。
西を望めば、水城の緑が天拝山、片縄山そして脊振の山々へ続く。右手には博多湾。
白村江の戦いに破れた人たちは、博多湾に押し寄せる唐と新羅の船を恐れたのだろうな。この山と山の間を塞げばその背後は安全。きっと百済の技術者が、図面を引いたに違いない。
大宰府をめぐる羅城の図。
水城は今は都市の波をさえぎる大きな緑の防波堤のようだが、きっと当時は満々と湛えた水と赤茶けた土手が、北に向かって身構えていた。
北に開けた大地に、人の手で長々と刻まれた障壁。
それは大きな安心をもたらしたのだろうか。それとも戦の予感で不安を呼んだのか。
今も昔も、危機は巨大な土木工事を生む。
今度はここから水城を通って基肄城まで行ってみよう。
***
がさがさがさ。
大きなイノシシが登山道をいく。
鼻を地面にすりつけて。
ガジガジと落葉と真っ黒な土を掘り返し、ミミズを飲み込む。
U字に切れ込んだ登山道はには落ち葉がつもり、掘り返されて土と落ち葉が踊る。
ガジガジ。ザッザッザッ。
はのよつこりゆゆゆゆ。
飛び散る真っ黒な土の粒から、茶色いナニカが飛び出す。
るねねとももふふふ。
よはははとくのもれ。
無数のナニカは、登山道を離れ、闇に消える。
***
今日は初めてのルートで登る。
登山道の途中にはホウキが木に結びつけておいてある。「使った人は次の置き場に置いてください」。みんなから愛され守られる道。たくさんの人がいろんな想いを抱えて歩いた道。
車道を歩いて、また登山道。
石垣を下り、車道を横切り、土塁をいく。
太宰府方面に下ると水瓶山。
竈門山で唐への船を待っていた最澄が、雨乞いをした山。
白い祠には龍神がきっと今も眠る。
ほら、今まさに。
にわかにかき曇った天から大きな大きな真っ黒な真っ黒な雲が垂れ下がり。
大地に響く祈りの声に目覚めた龍神が、雷の道を天に駆けていく。
その道は険しく。
その輝きは猛く。
雨だ。
***
がさがさ。
登山道に足音が響く。
もぞもぞ。
なにかが暗闇でうごく。
はぁ、はぁ、はぁ。
ランナーはヘッドランプの頼りない灯りで照らされた黒い黒い道を見つめて駆けていく。
のりさなとめ。もぬさこと。
それを眺めて、たくさんのなにかが声援をおくる。
もやくなひ!もなよてむ!
もぞもぞもぞも。
ざんざわざわ。
昨日も今日も明後日も。
四王寺山 ふじもとこういち @kokuwa
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