挿話3 お祭り騒ぎと彼女が大好き! 中山順平の決断
「ああ、もう! ……ほんっとに信じらんねえ! だってクリスマスだぜ、クリスマス! 恋人たちの一大イベントじゃん? プレゼントを贈りあって、美味しいもの食べて、綺麗なイルミネーションでも見に行って……二人の愛を確かめあう日じゃん? なのに、何が悲しくて学校に集まんなきゃなんないわけ? ……そりゃあ、貴人のことだから、きっと『何かやろう!』って言いだすとは思ってけどさ……悪いけど俺はパス! 今回は抜けさせてもらうからな!」
「ああ、いいよ」
「は?」
俺の勝手な言いぶんが、まさかすんなり通るとは自分でも思っていなかった。
放課後の『HEAVEN』。
意気揚々と次のイベントを発表した貴人に向かって、ささやかな反抗のつもりで口にした俺の愚痴は、笑顔のままであっさりと了承された。
こうして俺――中山順平は、今回の『HEAVEN』のイベント企画からは外れることになったのである。
「でも……ジュンは本当にそれでいいの?」
温かな湯気の出ているミルクココアのカップを、両手で口に運びながら、向かいあって座る結衣が上目遣いに俺に問いかけてくる。
図星を指されてドキリとした本心をひた隠しにして、俺は笑った。
「いいに決まってんじゃん! ユイと一緒に過ごす以外に、俺にどんなクリスマスがあるっていうのさ! 去年も一昨年も……ずっとそうしてきただろ?」
「うん……でもこの間のダンスパーティーは楽しかった……」
「そ、そうか? うん。まあそうだな……」
結衣はちょっと不満そうに、頬を膨らませた。
「私も星颯学園に行けばよかった……そしたらジュンとずっと一緒だし、楽しい行事もいっぱいあるし……」
これまでにも何度か聞いたことのある定番の愚痴に、俺は心の中だけでつっこむ。
(いやいや、ユイさん……その『楽しい行事』以上に、うちの学校は模試やら補講やら『楽しくない行事』が目白押しなんですよ? ……確かそれが嫌で、鈴華女学院に行かれたんじゃなかったですか?)
俺が返事をしないものだから、結衣は自分で自分に返事する。
「でもきっと無理だよね、私の頭じゃ授業についていけないもん……ジュンはいいな。生徒会にも入っちゃうくらい、星颯でもトップクラスなんだもんね……」
内心、(しまった!)と思ったがもう遅い。
「そ、それほどでもないけどな……」
俺の口は、本人の意思とは無関係に、勝手に当り障りのない返事をしている。
「中学の時は私と同じくらいの成績だったのにね……いいな……」
「いやあ……ははは……」
俺の笑い声がすっかり乾ききっていることに結衣が気づいてくれればいいのだが、残念ながら彼女はのんびり屋で、あまりそういうことに気の回るタイプではない。
まあ、そんなふんわりした雰囲気が好きで、中学の頃からもう五年もつきあっているのだが――。
(俺の成績は、入学した時からずっと超低空飛行! あの生徒会に入るには成績なんてまるで関係なかった! って正直に言ったら……ユイはなんて言うかな?)
きっとなんのことはない。
おおかた「ふーんそうなんだ」とニッコリ笑って終わりなんだろう。
でもなんとなく――俺のささやかなプライドがそれを良しとしない。
「あ……早く行かないと、もう映画始まっちゃうよ?」
喫茶店の壁にかけられた鳩時計を見ながら、結衣がココアをグイッと飲み干す。
「おっ! そうだな!」
俺も残ってたコーヒーを一気飲みして、窓際の席から立ち上がった。
「はい」
さし出された手を「うん」と掴んで、歩きだす。
俺が歩くたび、ジャランジャランと音をたてる、服や靴に付いた鎖が、結衣はお気に入りなんだそうだ。
「だって……賑やかだからジュンが来たらすぐにわかるよ?」
どこに行ったって、髪の色や髪型や服装で悪目立ちする俺には、これ以上素晴らしい彼女なんているはずない。
(かーっ! もの凄い競争率だったけど……やっぱ中学の時、あきらめずに頑張って良かった! 絶対、絶対、俺はユイをずっと大事にする!)
決意も新たに、俺は大好きな彼女の手を引いて、三ヶ月ぶりの平日デートの映画館へと急いだ。
いくら好きだって、学校の違う恋人と長く関係を続けていくのは、本当に大変だ。
朝から晩まで長時間学校に拘束されている以上、会えるのは土日がせいぜい。
その土日さえ『HEAVEN』の活動で埋まってしまったら……あとはもう、平日同様、電話かメールぐらいしかない。
思いがけず今度の企画から外れてもいいことになって、俺はここぞとばかりに毎日、結衣と会っている。
まるで夏からこっち、『HEAVEN』の活動のせいで会えなかったぶんを、全部取り戻そうとでもするかのように――。
(あーあ、今日はどこに行こっかな……?)
放課後の教室で自分の席に座ったまましばらくぼんやりしていたら、何かが頭に当たった。
「痛てっ!」
「あっ、ゴメンね順平」
独特の色気のあるしゃべり方に、もしやと思ってふり返って見てみたら、可憐が二本の長い棒を両手に悪戦苦闘していた。
「これとこれを繋がなくちゃいけないんだけど……長い上に重くって……」
「どうせ、『箸より重い物は持ったことがないのに……』とか言うんだろ?」
俺は笑いながら席を立って、可憐の手から棒を取り上げた。
「持ったままやろうとするからできないんだよ。床に置いて繋げてから、また持ち上げればいいだろ」
教えるというほどでもないコツを伝授しながら、実際に自分でやってみせる。
可憐を悩ませていた二本の棒は、ものの一分もしないうちに綺麗に繋がった。
「うまいわねぇ……さっすが順平! ありがとう!」
棒を持って嬉しそうに教室を出て行く可憐のうしろ姿を見ていると、ついつい考えなくていいことを考えてしまう。
(何に使うんだ? ……やっぱり今度のクリスマスかな?)
ちょっと浮かんだ好奇心を、俺は首を振って追い払った。
(いやいや! 俺には関係ないんだから……)
教室を出て、くつ箱に向かおうとうすると、廊下と階段に沿って、延長コードが延びている。
(誰だよ? こんな引き方じゃ、誰かが足を取られて転ぶぞ?)
階段の中ほどで、途方に暮れていたのは琴美だった。
「こら! 琴美! コードはある程度の高さで壁に貼り付けていくか……せめて床の一番壁際に固定しろ!」
「…………順平? ……やった! 助かった!!」
ふり返って俺の顔を見るなり、喜んで駆け寄ってくる。
「だってこんなこと……やったことないんだもん」
そりゃそうだろうなと、俺は琴美の手からコードを取り上げる。
こういった雑用――特に設置系は、これまでずっと『HEAVEN』の中では俺がやってきたんだから。
「まったく……しょうがないな!」
手際よくコードを固定していく俺のあとをついて歩きながら、琴美が笑う。
「ごめんね……今日もこれからデートなんでしょ?」
「ああ。でもまあ……いいよ」
どこに行こうか――なんて悩んでたところだ。
結衣には「ちょっと遅れる」とメールすればそれでいい。
あとをついてくる琴美が、俺の作業を見ながらずっと笑ってる。
「なんだよ?」
聞いてみたら「なんでもないよ」と答えられたが、こいつの場合は考えていることが全部顔に書いてある。
(今度のイベントからは外れたはずなのに、結局準備を手伝ってる……順平って結構お人好し……って……悪いか!)
長い長い延長コードを、くつ箱のところまで固定し終えたら、俺は手にしていたガムテープを琴美に返した。
「じゃあな」
「うん。ありがとう」
確かに自分でも、『お人好し』としか言いよううがないくらいに、働き者になってる自分が可笑しかった。
昔から、みんなの喜んだ顔を見るためにいろんなことをするのは好きだった。
中学時代は、体育祭や文化祭の準備なんて、誰よりも遅くまで学校に残って作業を続けた。
ところがこの星颯学園というところは、そういった勉強以外のことにはあからさまに労力を抑える校風で、『祭り』とは名ばかりの、つまらない学校行事しかなかった。
(それなのにこの半年間で、本当にいろんなことをやったよなぁ)
星空観察会も、学校に泊まったのも、ド派手な文化祭も、交流会も、準備から当日までは本当に大変だったけど、すっごく楽しかった。
校門に向かって歩きながら、俺はスマホを取り出す。
結衣に連絡しなくちゃと、ロックを解除した瞬間、校門の向こうにダンプカーに積まれた超巨大なもみの木が到着した。
「なんだあれ!!」
思わず声に出して言ってしまってから、ハッとした。
クリスマスを三日後に控えた今の時期、わざわざ本物のもみの木で、クリスマスツリー以外の何を作るって言うんだ。
「ちきしょう!」
こぶしをぎゅっと握りこんで、スマホと巨大もみの木を交互に見る。
(あんなでっかいクリスマスツリー……わざわざ遠くまで見に行かなくてもうちの学校にあるって言ったら……ユイ、絶対大喜びするんじゃね?)
結局、意を決して、結衣に電話をかける。
「あ、俺だけど……ごめん、やっぱ俺、クリスマスイベント手伝わなきゃならない。俺がいないと、なんにもできない奴らだからさ……」
教室からここまで歩いて来る間に、可憐の仕事も琴美の仕事も手伝ってやったんだ。
この言い訳はあながち嘘ではない。
「だからクリスマス……遠くには行けないけど、うちの学校でとびっきり楽しい思い出作ってやるよ! ……それでいいか?」
答えは聞かなくたってわかってる。
俺の大好きな結衣は、ここでNOと言うような女ではない。
「うん。楽しみにしてる。ジュン……がんばれ!」
案の定。
スマホの向こうで笑いながら励ましてくれる声がするので、俺は踵を返す。
まだくつ箱のところでまごまごしている琴美に発破をかける。
「なにやってんだよ! もみの木着いたぞ! 急げっ!!」
こちらに目を向けた琴美が、それはそれは嬉しそうに笑う。
「なに? やっぱり順平も参加するの?」
俺は急いで駆けながら、大威張りで叫んだ。
「当たり前だろ! 俺が登らなかったら、誰があのもみの木のてっぺんに星を付けるんだよ?」
「はははっ! 確かにそうだね!」
そしてクリスマス当日――「あれは俺が付けたんだ」なんて結衣に教えてあげたら、どんなに嬉しそうな笑顔が返って来るんだろう。
考えるだけでワクワクする。
「よおおおっし! がんばるぞぉ!」
叫びながら走る俺を、特別棟の四階の窓から貴人が見ている。
「順平! 早く!」
手招きしながら笑い含みにかけられた声に、俺はこぶしを突き上げた。
「わーかってるよ!」
――どうやら今年のクリスマスも、結衣と一緒に、この上なく楽しい時間を過ごせそうだ。
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