宇宙でふたりぼっち
@bera_ko_kawaii
第1話
無限に広がる大宇宙――。
星の瞬きを眺めながら、ベィーラは2本目のタバコに火をつけた。
ここは月にいくつか存在している宇宙基地のひとつで、
主に商業施設が多く集まるシャムル1の中央広場。
中央広場のベンチに座ってタバコを吸いながらベィーラは休憩していた。
天井は全てガラスで出来ているので、宇宙空間が常に上空に広がっている。
ただし宇宙空間はいつだって恒星が瞬いているだけであまり代わり映えしない景色だった。
広場の時計が16時を指した。
「休憩時間も終わりだな」
掃除夫のベィーラの仕事は商業施設から出るあらゆるゴミの回収と施設の清掃だ。
生鮮食品からファッション、家具までなんでも揃うこの商業施設から出るゴミは大量で、
総勢20名のスタッフが決められた区画を担当している。
ベィーラの担当している食品ゴミ部門は、その量もさることながら、悪臭がひどくやりたがる者が少ない。
タバコを吸殻入れに入れて、ベンチから立ち上がったベィーラはゴミ回収カーゴを押しながら従業員専用通路へ入っていった。
「よぉベィーラ。まだ仕事かい?」
仕事を終えた様子の、同僚でヒト型宇宙人のクラムが従業員専用通路の向こうから話しかけてきた。
「ああ、まだ残っているんだ。クラムはもう終わったのか?」
「まだ残ってるんだけどな。ちょっと今日は用事があって少し早くあがらせてもらったんだ」
「そうか。じゃあ、おつかれ」
「おつかれさん」
そう言ってクラムは従業員専用通路をでていった。
「デートかな?」
クラムに付き合っている彼女がいることを知っているベィーラはほんの少し羨ましい気持ちになったが
すぐに歩を進めた。
ベィーラには特定の付き合いのある異性がいたことがない。
それは彼の外見がひどく醜いものだったからだ。
トカゲ型宇宙人に分類されているベィーラではあったが、他のトカゲ型宇宙人とは容姿がだいぶ異なる。
まず彼の外見で目を引くのは、無数の目が存在していることだ。
頭部にあたる箇所に両目が存在しているのだが、そこ以外にもいたるところに目がある。
普段は両目以外は瞼をつぶった状態なので、そこまで違和感はないのだが、
なにか彼が驚くようなことがあった時など一斉に目が開くのだ。
また彼の頭部は一般的なトカゲ型宇宙人よりだいぶ長く、
一見するとまるでブラキオサウルスなどの竜脚下目に分類される恐竜のようなのだ。
さすがに1メートルも首が長いということはないのだが、異形であることには変わりない。蛇の身体に両手両足がついているといった容姿といえばわかりやすいだろうか。
そういった外見を持つ彼を影で、昔の妖怪になぞらえて「百目」と呼ぶ者もいた。
怪物じみた彼の外見はなかなか受け入れがたいようで、残念ながら今まで異性と付き合うには至らなかった。
ただしそのことでベィーラが自暴自棄になったりしたことはない。
彼は孤独を好んでいた。
通路を進んだ先にあるゴミ集積場の扉を開いて、ごみ回収カーゴから集めたゴミを流し入れる。
紙製のゴミも塩化ビニルのゴミもプラスチック製のゴミも生ゴミもすべてまとめて一つの扉に
放り込む。
ダストシュートから入ったゴミは一旦成分ごとに分類されて、細かく破断されベルトコンベアに乗り、
異物がないかチェックの末に燃やせるものは巨大焼却炉で燃やされる。
基本的にすべてのゴミは燃やされる運命にあるのだが、中には火に耐性のあるものもあり、
そういったものは、圧縮され宇宙空間にあるゴミ集積場に運ばれるようになっている。
すべての処理はシステマティックになっているため、掃除婦はとにかくまとめてダストシュートに投げ入れれば済む。
一旦運んできたゴミをダストシュートに放り込んだ後で、改めてベィーラはゴミ回収に向かった。
社員専用通路のさらに奥にある備品倉庫にもゴミ箱があるからだ。
備品倉庫なので、普段はあまり人の往来もなくゴミの量も大したことがないので、毎回回収する必要はないのだが、一応すべてのゴミを回収するように仕事で定められているので、
ゴミがあろうがなかろうが回収に向かう必要がある。
可燃ゴミ、不燃ごみ、その他ゴミ類とステッカーの貼ってあるボックスを1つずつ回収機に入れている時に
ベィーラはゴミ箱の端っこに何かがあるのに気づいた。
それは小さなダンボール箱だった。
ゴミ箱にはいらないゴミがゴミ箱のそばに置かれていることは何度もあった
(大型機械類なんかが置いてあったこともあった。あれの回収は非常に手間がかかった)
が、このダンボールはゴミ箱には入らない程の大きさではない。
「なんだろう、誰かの忘れ物だろうか」
段ボール箱は特にテープなどで閉じてある様子もなかった。
段ボール箱を開けたベィーラには想像もしないものが中にはいっていた。
それはヒト型宇宙人、つまり地球人の赤ん坊だった。
ピンク色の肌触りの良いタオルか毛布にくるまったその赤ん坊はスースーと寝息を立てて寝ている。
「赤ちゃん・・・まさか・・・」
段ボール箱の中には、赤ん坊の他には一枚のメモが入っていた。
『親切な方へこの子をどうかお願い致します。女の子で名前は・・・』
名前の部分は、通路の天井から漏れた雨水で滲んでしまって判別がつかない。
幸い、赤ん坊のタオルには雨水はかかっていないようだった。メモ以外に何も見つからなかった。
ベィーラは震える指でそっと赤ん坊の頬に触れてみた。寝息を立てている赤ん坊は気づかない。
「なんて可哀想なことだ。とにかく、この子は警備室にいったん預けよう。もしかしたら母親か父親が捨てたことを後悔してまた帰ってくるかもしれない」
赤ん坊を抱きかかえて、ベィーラは警備室に向かった。
「赤ん坊の忘れ物?迷子じゃなくて?」
「そう。備品倉庫のごみ箱の横に置いてあったんだ。何かの手違いで置いて行ってしまったのかもしれない。ここで預かってもらえないか?」
「その…赤ん坊以外になにか入ってなかったのか?たとえば手紙とか」
「ああ、『親切な方へ』って書かれた手紙が入ってた」
「そりゃあ、もう忘れられたんじゃなくて、捨てられたんだよその子は」
「…やっぱりそうか。そうだよな」
警備室で拾った赤ん坊を抱きながら、ベィーラは若い警備スタッフとデスク越しに会話している。
遺失物届を出しかけて、警備スタッフは書類を元の棚に戻した。
きっと捨てられたんだろうと思いながら、もしかしたらと話してみたがやはり捨てられたのは間違いなさそうだ。
「どうした」
奥から別の年輩の警備スタッフが会話に入ってきた。何かのトラブルだと思ったようだ。
「いえ、赤ん坊の忘れ物というか、捨て子らしいんですが」
「捨て子か…、それはまたかわいそうに…」
「ここでは、財布とか、カバンとか、通信機器類とか、買ったものとかそういうたぐいは当然預かるんだけどね」
と年輩警備スタッフ。
「赤ん坊はダメか」
とベィーラ。
「迷子の子供とかさ、そういうのは別だけど、この子の場合はもう事件レベルだからうちじゃ対処しきれないよ」
「そうですね、マニュアルにも書いてなかったですね」
と、若い警備員も続く。
「じゃあ、警察尋ねたほうがいいか…」
「そうだね。あくまで警備室としては忘れ物の対応くらいしかできないよ。申し訳ないけど」
「わかった。ありがとう」
「すまんね」
チラりと年配の警備員がべィーラの腕に抱かれている赤ん坊を見た。その目からは感情は読み取れなかった。
赤ん坊を片手に抱えて、そっとドアを開け、警備室を出たベィーラは一旦掃除スタッフの詰め所に戻ることにした。
仕事が全部片付いたわけではないので、その報告をするためだ。ふっと赤ん坊を見つめてみたが、まだ寝息を立てている。
「まったく全然動じてないんだな、すごい子だ」
ベィーラは、赤ん坊を起こさないように、両手に抱えなおして丁寧に駆け出した。
掃除スタッフの詰め所は商業施設の一番端にあり、スタッフのためのロッカーなどが設置されていて、休憩中のスタッフが談笑する場としても使われている。ちょうどベィーラが向った時も、4名ほどのスタッフが談笑していた。
「おう、べィーラ、お疲れさん……」
一人の掃除スタッフがべィーラに気づき、声をかけたが、その腕に抱かれた赤ん坊にも気づいた。
「おつかれさん」
と、べィーラ。
「おい、べィーラ、その、赤ん坊?は一体どうした?」
「え?赤ん坊?」
赤ん坊という言葉に、ぼーっと雑誌をめくっていた他のスタッフも驚いて入り口を振り返る。
「ああ、備品倉庫で見つけてしまったんだ。これから警察に行って届けようと思っている。だから仕事を切り上げさせて欲しいと…」
「おいおいマジかよ…」
「ちょっと、見せて見せて!」
女性スタッフのラームイだ。彼女は地球人と三つ目系宇宙人のハーフで、この掃除スタッフとしてはまだ経験が浅い。しかし、スタッフ内に女性が少ないこともあるが非常に人懐こい性格ですっかりスタッフとして馴染んでいる。ちなみに未婚である。
べィーラは抱えている赤ん坊をラームイに差し出した。
「落とすなよ」
「落とさないわよ。わぁ…かわいい。男の子?女の子?」
ラームイは優しく赤ん坊を受け取り、まだ寝息を立てている顔を覗いて言った。上から横から寝顔を眺めている。
「手紙が入っていて、女の子だと書かれていた」
「へぇ~女の子。小さいわねぇ」
「どれ、俺にも見せてくれよ」
同僚のワッツだ。彼は地球人のスタッフで、このスタッフ内では一番の古株だ。
「おやおや、かわいいもんだ」
ラームイに抱かれている赤ん坊を横から見つめている。
「俺も俺も…」他のスタッフもラームイの周りに集まってきた。
「ちょっと、汚い手で触っちゃダメよ!」
「ちぇっ、さっき洗ったよ!」
「で、べィーラこの子を警察に持っていくのか」
ワッツがスタッフの輪から出てきてべィーラに声をかける。
「最初は警備室に持っていったんだけど、そこじゃ預かれないって話でね。警察に行くしかないようなんだ」
「そうか、まぁそうなるか。迷子とかなら預かれるんだろうな」
「そう、まったく同じことを警備員に言われたよ」
「ねぇべィーラ!この子警察に持って行く前にお姉ちゃんの店に行って見せてもいいかしら」
「え?」
「いいわよね、ベィーラ」
「いや、すぐに警察に届けないと…」
「大丈夫よ!お姉ちゃんに見せたらそのあとすぐに警察に行くから!ほら、行くわよ…」
ラームイはそう言って、赤ん坊を抱えたまま出入り口に向かっている。
「ねぇワッツ、今日は私このまま帰るから、そう報告しておいてね」
「おう、言っておくから。赤ん坊、気を付けるんだぞ」
「はーい。何してるのベィーラ、早くいきましょ!」
ラームイとワッツのやり取りを見つめていたベィーラは、慌ててラームイについていく。
「本当にすぐに警察に行くんだよな」
「当たり前よ。ちょっとかわいいからお姉ちゃんに見せてあげたいだけよ」
「ついでにベィーラも早上がりだと伝えてあげてね、ワッツ!」
「了解了解、おつかれさん」
ラームイの強引な意見に押されてしまったベィーラだったが、とりあえずついていくことにした。
スタッフの詰め所を出て、そのまま従業員通路を進むと、商業施設の従業員専用出入り口がある。
従業員専用出入り口には、IDカードリーダがあり従業員の入退場を管理しているので誰でも通れるわけわけではない。二人は首からぶら下がっているIDカードをそれぞれリーダに通した。『ピッ』という小さな音とともにドアが開錠される。
「赤ちゃん、思ったより軽いのね」
ラームイが出入り口を出たところで赤ん坊を抱きながら言う。
「でも、ベィーラに返すわ。何かあったらまずいものね」
ラームイは赤ん坊を抱きかかえた腕からそっとベィーラに渡した。
「その子、全然目を覚まさないのねぇ。そういうものなの?」
ラームイから受け取った赤ん坊を右手に抱えつつ、左手で右手を支えながらどうしたらよいポジションなのかを調整していたベィーラは一瞬考えながら言った。
「わからないが、赤ん坊というのは寝るのが仕事だと聞いたことがある。とにかくずっと寝るものなんだろう」
「それよりラームイのお姉さんの店というのはどこにあるんだ?商業施設ここから近いのか」
ベィーラはラームイにお姉さんがいるというのを知らなかったので、もちろんお姉さんのお店というのもどこにあるか知らない。
「寝るのが仕事ね。あはは」
赤ん坊を見つめながら、ラームイは微笑んだ。
「姉さんの店はここからすぐよ。ついてきて」
そういって、ラームイは歩を進めた。
従業員専用出入り口の目の前の横断歩道を渡り、そのまままっすぐ進むと、オフィス街になる。歩いている人々はみな忙しそうだ。
べィーラは普段、深夜になってから仕事が終わるので、まだ夜にもならない時間帯にこうやって外に出ることはない。
いつもと違う街の風景にすこし戸惑いながら、ラームイについていく。
レンガを模した壁のビルの前について、ラームイが立ち止まる。
1階は喫茶店になっていて、入り口の周りは4テーブルほどのテラス席になっている。2階以上に上がるには、喫茶店の横にあるビルの入り口から入るようになっているようだ。
ラームイはそのままビルの入口に向かって歩いて行く。
「ここのビルの4階にあるバーがお姉ちゃんのお店なの。まだお店が開く時間じゃないから、気にしないで大丈夫よ」
1階の入り口を入ると、あまり広くはないフロアがあり、エレベータがあった。
ちょうどエレベータが来ていたので、そのまま二人はエレベータに乗り込んだ。ラームイが4階のボタンを押すとドアが閉まる。
音もなくエレベータが上昇し、『4階です』の音声とともにドアが開く。
「さ、こっちよ」
4階のフロアはいくつもの店舗が集まって1つのフロアとなっているようだ。
洋食屋、ラーメン屋、居酒屋、そして、
「ここよ」
フロアの奥でラームイが手招きしている。ここがラームイのお姉さんの店のようだ。小さな看板が店の入口にある。
看板には『BAR ミスリナ』と書かれている。黄色い看板に黒い文字で書かれている。看板のすぐ後ろに木製のドアが有り、そのドアを開けて、ラームイが店に入っていった。
ラームイがドアを開いて入店すると、カウンターの奥で作業をしている人影が見える。店内はカウンターのみにライトが点灯していて店内全体はほの暗い。カウンターに6脚、テーブル席が4つの小さな店だ。店内は観葉植物がテーブルごとに配置されているように見えるが、暗くてハッキリしない。
「すみません、まだ開店前なんです」
作業している人影がこちらに振り向きもせず言葉をかける。あれがラームイの姉さんだろうか。
「お姉ちゃん、遊びに来ちゃった」
ラームイがカウンターのそばまで近づいて話しかける。
「あら、ラームイ。どうしたのこんな時間に。仕事はもう終わったの?」
ラームイの声に振り返った女性の額のあたりに第三の眼があった。驚いた顔でラームイを見つめる。
手には包丁を持っている。ライムかレモンでもカットしていた最中だったのだろう。
「そうよ、もう仕事は切り上げてきたの。それよりお姉ちゃんに見せたいものがあるのよ、何だと思う」
手招きでべィーラを呼び寄せながら、ラームイは楽しそうに話し続ける。
「あのね、赤ちゃん!、見てよ可愛いでしょう!」
「赤ちゃん!?」
ガシャンと音がして、ラームイの姉が持っていた包丁が手元から落ちた。
「やだ、お姉ちゃん大丈夫?」
「あ…あ、赤ちゃんてあんた…」
震える声で姉がカウンターから顔をラームイに近づける。はっきりと見えないが、目が見開いているのが分かる。
「違うの、違うの、なんか勘違いしてるみたいだけど!」
「べィーラこっち来て、見せてあげてよ!」
店の入り口とカウンターの間で所在なげにしていたべィーラだったが、カウンターに近づいて抱いていた赤ん坊を見やすいように抱え直した。
「ね、この子かわいいでしょう」
ラームイの顔とべィーラの顔、そして赤ん坊の顔を順番に見ながら、ラームイの姉は怪訝そうな顔を崩さない。
「で、何が違うっての。この子の母親があんたで父親がこの彼?ってこと?今まで彼がいることも言ってなかったじゃない」
「違いますよお姉さん、おい、ラームイおかしな方向になってるぞ!」
「あ…違うの違うの、この子はね…カクカクシカジカで…」
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