第六幕/嵐の後の悲しさ

「あらヤダ、こんな時に目が覚めちゃったですかぁ………ま、仕方ないですね。運がイイのかワルいのか、きっとたぶんこれも綻びのヒトツなんでしょう。ホント、どうしてかしら。溜め息の連続ですお。イライラしちゃう………上手く行かないものですね。数多の行動の中のたかがヒトツを失敗してしまっただけなのに、しかも転んだワケじゃなくて躓いただけなのに、結局はアナタ達の誰も彼もがワラワラと、何もかもが続々と、まるでゾンビさんみたいに私の行く手を阻む………流石に邪魔な存在なだけはありますね。その存在感は、いついかなる時でも私のこのイライラをこうして増大させるという事です。踏み出してしまったからにはもう引き返す事はデキず、だからそのまま突き進むしかなかったこの私を、これでもかっていうくらいに蝕む………って、引き返す気なんて少しもなかったので振り払うのみですけどね。ただ、この試みは、あっ、アナタ達にとっては企みかしら? 兎に角それは、私にとっては賭けなんかではなかったんです。確率なんて用いる必要もないくらいに完璧、戸惑う事なく十全、ビクともしない云わば完全犯罪だと、そう思ってたんです。欠伸が出ちゃう程に容易な事だと、そう思ってたです。そういった意味で言えば、このイライラの数々の何もかもは、うん。


 激しく予想外な事なんですよ。

 ホント、ツイてないです全く。


 でも、つまりこれは………ううん。やっぱりこれって、邪魔者はいついかなる時でも邪魔者だという事なのかもしれないですね。もしかして、私の邪魔をするのが使命ですか? それがアナタ達の存在理由なんですか? 当て付けですかイジワルですかイジメですか生き甲斐ですか満足ですか何なんですかどうなんですかねぇねぇどうなの? ホント、忌々しい人達です。


 えっ?


 ああ、ドリーおじさんかぁー。あはは! そんなのとっくの昔にバラしちゃったですおー。だって、アナタを殺そうとしてたのが運悪くバレちゃったですから。まさかまさかの大まさかでバッチリ見られちゃうだなんて、ね。あのエロ爺………あれがホントの、えっと、骨折り損の草臥れ儲け? ってヤツでしたよ。あっ、でも、もしかしたらアイツ、あのスケベ爺、アナタの事を虎視眈々と狙ってたのかもしれませんよ? だってそうでしょ、あんなトコに立ってたですからね………ん? あ、そうですよ。うん、なるほど。アイツの性癖を加味して考えてみれば、それはまさかのまさかではないのかもしれないですねぇー。大いに有り得るですよ。うんうん。そっかぁー、よくよく考えてみればそうなのに私ったら………ホント、上手く行かないものですね。初っ端から躓いちゃって、お生憎様の大怪我しちゃうトコでしたよ。よりにもよってアイツでしたから。でも、逆にその性癖を利用したらね、ふふふ♪ 呆気ないくらいに簡単でしたおー。あの場合は、そうですね。長い付き合いなのが幸いでしたとでも言っておきましょうか、うん。何の苦労もしなかったですし。


 えっ、罪悪感はないのかって?


 そんなの少しもありませんけど? そんなのあるワケがないじゃないですかぁー。それに勿論の事、後悔もしてないです。だって、あんなヤツですもん。もぉー、しらばっくれないでくださいよぉー、ヤダなぁー。アイツの性癖くらい、知ってますよね? アイツ、私の味方をするとみせかけて実際は、予想どおり私を弄ぼうとしたんですから。勿論、性的な弄びを。えっと、何て言うんでしたっけ? あ、少女趣味です少女趣味。そのくらい、アナタもとっくに気づいてたでしょ? 表向きはアイツ、聖人君子みたいな顔をしてたけれど、裏に回れば人間以下ですよ全く………えっ? えっ、と、知らなかったですか? ホントに? 私達も以前から危なかったくらいなんですよ? アナタも私も昔っからアノ人にべったりさんだったので、だからアイツ、手出し出来なかったみたいですけどね。実際、今までにどれだけの子がアイツの玩具になっていったか。それに、私かアナタを手元に置きつつアノ人を遠ざける。ついでに、テリーさんや翠子お姉ちゃんも。ほら、判りやすい。でしょ? アナタから戴くつもりだったんでしょうね、アナタを傍に置いておく事にしたんですから。危なかったですねぇー。流石の私も、それについてはそうなれば良かったのにとは思えませんね。それがアノ人に対してリードする事となっても流石に、ねぇ………。


 ま、それは置いときまして。


 兎にも角にもアイツはね、私の弱味を握ったとほくそ笑み、これでもう意のままだと完全に思ったようで、口では私の秘めた想いを尤もらしく肯定しつつ、優しく擁護しつつ、でもその手は指は私から衣類を少しずつ剥ぎ取っていった。スケベ丸出しの表情でね。たっぷり弄んであげますからねって、顔に書いてあったくらいですもん。よくよく考えなくても私達ってもう少女という年齢ではないのにアイツ………ホント、しつこいヤツです。気持ち悪いです。死んでほしいです。って、もう死んじゃいましたけどねあはは! はっきり言って隙だらけだったですよ。あんなヤツなんかサッサと殺したかったので、いっその事ガバッと来てほしかったですけど、ゆっくり、ゆっくりと、一枚ずつ剥いでいくなんてホント、最悪の時間でした。肌に触ってきたらその瞬間にギタギタにしてやるトコなのに。あ、もしかしたらアイツ、私の弱みを握ったとはいえまだ警戒してたのかもしれないですね。ホント、あの時間は激しく気持ち悪かったです。でも、後は下着のみってところまできたらアイツ、待ちに待った隙だらけになっちゃいましたとさ。勿論の事、私の演技力もイイ線を走ってたと思うですけど。


 あはは!


 それから先にたっぷりと味わい尽くす筈だった目眩く桃色な世界への期待に脳も心もヤラれちゃったアイツは、味わう事が少しもデキないうちにあっさり殺されちゃいましたとさ。


 いぇい!


 あ、因みにですけど。屍はこの悪魔さんにあげちゃいました。アナタもご存知の、この悪魔さんです。あんなヤツ………地獄で苦しめばイイのよ。で、泣き叫べばイイの。あっ、アナタや他の子の内の何人かは、私のおかげで助かったと言えなくもないんですから、それはそれで感謝してもらってもイイですよ? それともアナタ、ホントはもう弄ばれてたですか? あ、あ、もしかして。もう既に、あのスケベ爺に至る所を散々に延々と、何度も、何度もっ、あううっ! 冗談ですお、冗談。そんなに怒らないでくださいよヤダなぁー。そんなワケないですもんね。判ってるですよ。当然です。だって私達、アイツより強いですもん。さすがのアイツも簡単には弄べないですよね。勿論の事、あんなヤツに弄ばれてあげる気もないですし。だからたぶんアイツはあの時、アナタの寝込みを襲おうとしたんでしょうね。きっとアナタ、お食事か何かに何か仕込まれてたかもしれないですよ? 例えば、睡眠薬とか。それに、生活の基盤に施設を薦めてましたし。あ、そう言えばあの時アナタ………具合が悪いとかなんとか、でしたよね? やっぱりアイツ、それでたっぷりと楽しんで更には拘束して、それを種に何度も何度もアナタを………やっぱりアナタには最大級に感謝されるべきかもしれませんね。


 ホントに良かったですね。

 めでたしめでたし。だね!


 でも、実のところはここらあたり複雑なんですよねぇー。アイツに弄ばれたらアナタは当然の事、傷つきますよね? けれど、それを武器にされてしまうとアノ人はアナタのモノになってしまうかもしれない。だってアノ人は、世界で一番に優しい人ですから。そんなアナタを気遣って、アナタにもっともっと優しくなっちゃうかもですし………ううん。あのエロ爺は先に私を発見したワケですから、結局のところこれが運命という事なのでしょうね。ホント、上手く行かないものです。上手く行かない事だらけですよ。よりにもよって私がアナタを殺そうと伺った夜と、アイツがアナタを弄ぼうと仕組んだかもしれない夜がバッティングするだなんてさ………こんな偶然、こんな確率、信じられないイベントですよ。そんなフラグ、立てた覚えはないのに。アナタはまるで、アノ人との未来を祝福されてるみたいです。ただでさえ、アナタが生きてる限りアノ人はアナタのモノだっていうのに、そのまま未来永劫だなんて………ホント、邪魔以外の何者でもないですお! アナタを殺すのを失敗した途端に、綻びは連鎖を始めて止まらなくなっちゃうしさ。だって、だって、だってそうでしょ? でしょ? ねぇ、今度はテリーさんがドリーおじさんの件に気づいちゃったですから。っていうか、怪しいと思われちゃったのかな。しかも、しかもしかもですよ? 続けざまに翠子お姉ちゃんにまで怪しまれた。連鎖が続いて大打撃ですお全く。


 ホント、

 上手く行かないものです。


 でも………ふふふ。


 でも。でも私は、どうにか凌ぎましたよ。二人とも倒せました。えっ? どうヤッたのかって? 知りたいですかどうヤッたのかそうですかそうですかじゃあじゃあ特別に教えちゃいましょう♪ こほん。えっと、どうヤッたかっていうとですね。まずは、そう。アナタのフリをしてテリーさんを呼び出して、それで、そこでこの悪魔さんに襲われてるフリをしたんです。私達ってそっくりさんだから、髪型をマネてお洋服を借りたら、それだけでもう見分けがつかなくなる。それだけでみんな気づかないの。だからテリーさんは、私に簡単に背後を見せる。私、じゃなくて、アナタ、か。そう、ア、ナ、タ。を、庇うつもりでね。で、この悪魔さんと対峙してるところを後ろからバッサリ、です。だって、アナタに警戒するワケがないですからね。ね? ほら、簡単でしょ?


 でも、まだ終われない。

 大きな問題が残ってる。


 私ね、翠子お姉ちゃんに尾行されてたんですよ。だから当然、それを見られちゃったなぁーと、思ったら。どうやら翠子お姉ちゃん、その決定的瞬間を見逃していたようなんですよ。廃校の中で上手く巻く事がデキたみたい。時間稼ぎ程度にしかならないと思ってたですけど、それでもヤッといて大正解でした。


 で、翠子お姉ちゃんですけど。


 翠子お姉ちゃんはこの私を尾行してきたのだから、私が誰だか判ってる。でも、ここでも私はこの悪魔さんに襲われてるフリをしました。すると翠子お姉ちゃん、私の加勢をしようとこの悪魔さんと対峙したの。テリーさんはこの悪魔さんにヤラれたんだと、たぶんそう思い込んでくれた事が大きなプラスになったのかも。すると、つまりそれは。どういう事かというと、まるっきり隙だらけになっちゃうという事ですよ。後は、テリーさんと同じ。バッサリです。想像しました? ねっ、簡単そうでしょ? 翠子お姉ちゃんの屍はこの後、つまり此処で必要だったですからなるべく、うん。なるべく傷口が目立たないように殺したかった。で、此処でアナタと対峙して殺された、ように見せかける予定です。だから此処諸共、火の海にしちゃいます。犯人はアナタ。悪魔さんと手を結んだアナタ、悪魔さんの囁きに乗ったアナタ、の、出来上がりなのです。


 全てはアナタの仕業。


 でも、予定外の事が起きちゃった。さっきも言ったですけど、翠子お姉ちゃんの屍は此処で必要なので、優先順位一番として真っ先に此処に運んだんですけど、だからそこにそうして横たわってるワケなんですけど、問題はテリーさんです。必要ないから、ドリーおじさんの時と同じようにバッサリとヤッちゃった、テリーさん。屍を二つも隠蔽する時間はありませんでした。だってアナタ、アノ人と大学から帰ってくる時間が迫っていたから。アナタを拉致らないといけないから。だから私、翠子お姉ちゃんを悪魔さんとせぇーので運ぶだけでもう精一杯でした。再び戻った時にはもう手遅れ。発見されてしまった。その悪魔さんが屍となった極上の魂を自分のモノに出来るかどうかは判りませんが、発見されたその理由が其処を寝床にしてる浮浪者さんのご帰還だなんて、ね。


 ホント、

 上手く行かないものです。


 それでも私は、頑張ったですよ。アナタが犯人だと思わせようとして、アノ人に頑張って頑張って頑張って………でも、アノ人はアナタを少しも疑わなかった。少しもどころか、疑ってすらなかったです。全く疑わず、アナタを信じてた。正直、羨ましかった。嫉妬しました。心の底からアナタを、あう、う………あ、あ、そうだ! ヒトツだけ、ねぇ、ヒトツだけ訊いてみてもイイですか? あのさ、いつからなんですか? いつからアノ人と、隠れて、内緒で、何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も何度も………ねぇ、幸せだったですか? どんな気分でした? ねぇ、幸せなの? ねぇ、どうなの? ねぇ………あはは! 幸せですよねそんなの当たり前ですよねそんなのだってだってだってアノ人に………アノ人に愛されてるんだもん! ふえっ、ひぐっ、私は、私はいつだって腕枕だけで! でも、それすらもあまりなくて! いつもアナタがいるから、アナタが、アナタが………ひんっ! ひぐっ、うっ、うく、うぐっ。


 えっ?

 はぁ?


 うくっ! しっ、しししっ! ししっ、しらばっくれてんじゃねぇーよ! 何なんだよ幸せなんだろぉーが! アノ人に、アノ人に愛されてんだぞ? 判ってんのかよ? ああ? そんなの、そんなの幸せに決まってんだろぉーがぁあああー! ひぐっ、クソぉ………クソぉ、ふざけんなぁあああー! なんでアンタなんだよどうして私じゃダメなんだよぉー! どうし、ふぐっ、外見はこんなに似てるのに、どうしてだよ! ふええっ、私だって、私だって私だって、ひんっ! うぐ。ねぇ、どうして私の邪魔をするの? ねぇ、ねぇ、ねぇ! どうしてなんですか? 私がアノ人の事を大好きな事くらい、アナタも知ってるでしょ? 私の方が先にそうだったじゃないですか! アナタに相談もしたじゃないですか! いつだって、いつだってそうなんですよ………勉強だって運動だってアナタは私なんかより上で、性格も良くて、でもアノ人にしか心を見せない。だからアノ人はアナタの心配ばかりして、だから私はアノ人にかまってもらいたくて、手の掛かる子供のフリをして、それでそしたらそれが効果的だと判ったから、だからずっとずっとそれを演じて、それなのにさ………それなのに、それなのにどうしてなのよぉおおおー!


 ひんっ、認めないです。


 認めないからね、絶対。私はそんなの認めないぞ! 私はそんなの絶対に認めない! そんなの絶対に認めないですから! 認めない認めない認めない認めるもんか認めてたまるかそんなの認められるかあああぁー! ぜえ、はあ、ぜえ………アノ人は、アノ人は私のモノなんだから。私だけの、私だけのモノなんだ。


 だか、ら、みんな。

 みんな殺してやる。


 みぃーんな殺してやるんだ!


 あはは!


 ははは、は………ふう。冥土の土産に教えてあげますよ。私は此処で、アナタと激突する。そして、アナタを退治する。でも私は、その代償に瀕死の重傷を負ってしまう。もう武具を振れないくらいの傷。若しくは、トラウマとなって見る事さえデキない感じの傷。そうじゃないと後々、都合が悪いので。ま、それは兎も角。それで私は、アノ人を呼ぶ。アノ人のおかげ様で、私はなんとか助かる。危機一髪です。そしてアノ人は、私にずっと………ふふふ。私につきっきりで看病してくれるの。だって、アノ人は世界で一番に優しい人ですから。私はアノ人にたっぷり甘えながら、そうしながら身体の傷をゆぅ~っくりと癒やすの。でも、心の傷はなかなか癒えない。だって、家族みたいな存在を失ってしまったんだもん。ですよね? だからアノ人は、そんな私を気遣ってもっと私の傍に居てくれる。ずっと居てくれようとする。ずっとずっと、ずっとずっとずぅ~と居てくれるんです………だからアナタは。


 此処で、

 死んでくださいよ。


 あとはアナタだけなんです。アナタだけなんですから。最初に思い描いてた展開からはどんどんハズれてしまったけど、最後の最後でこうして丸く収める事がデキたですから、これでも私は構わない。この結末でも平気。ううん、幸せです。それでも充分に望みは叶うんだから、えへへ。私はね、アノ人を私だけのモノにする為なら、それが例え、自分自身を失う事になっても構わない。例え私が私じゃなくなったとしてもそれでも、うん。それでも構わないよ。アノ人に愛してもらえるのなら、私は私じゃなくてもイイの。私は何にでもなる。だから、アナタが愛されているのなら、そうなら、そう、それなら。私がするべき事は一つ。私がなるべき者は一人。



 どちらでも構わない。



 だって私の望みは、アノ人に愛してもらう事だから。愛してもらえるのなら、私が誰かなんてどうだってイイです。そんなの些細な事なんです。アノ人が愛してる者になれば、アノ人に愛されてるって事になる。愛されるなら、どんな私でもイイ………でしょ? 私はそれでも幸せなの。こんなの簡単な方程式です。私はそれくらいの覚悟をしているし、最悪の場合そうなる手立ても考えてある。あ、納得してもらうつもりはないです。だって、こんなの納得デキないでしょ? これは私が納得デキるかどうか、ですから。勿論、私は納得してるです。私、そう言ったですよね?


 だから、えっ?

 罪悪感ですか?


 だから、そんなもの少しもないって先程、言いましたよね? だってみなさん、私の事を子供扱いして、お腹の中でバカにして、いつだってまるで、ペットのように………ひんっ。


 アノ人だけだった。

 アノ人だけが私を。


 私は、みんなに好かれようと頑張ってきました。アナタとそっくりだから、いつもアナタと比較されて。だから、喋り方も変えた。本当の性格も隠した。頭のネジが緩んでるかのような子を演じてきました。さっきも言いましたけれど、アノ人の気を引くのが一番でしたけど、それが、私の処世術だったのよ。


 でも、見下されるだけだった。


 アノ人だけが心の支えだった。敢えて例えるとすれば、うん。そう、魔法の杖を持った王子様です。私の王子様なんですよ。あ、でも。その………おじさんとおばさんは謝ります。許してもらおうとは思いませんが、ゴメンなさい。ホントに、ゴメンなさい。


 ………、


 ………、


 そんなワケで。


 おはようございますでもすぐにこんにちは時間は流れてこんばんわそして再びおやすみなさいつまるところ永遠にさようなら。これでお別れです。だから、アノ人の事はすっぱり諦めてくださいね?」


 じゃあ、ね。音色ちゃん。

 私の為に死んでください。



 がしっ、ぎぃいいーっ。



「えっ?」


 教会のドアが開いた途端に。

 振り向いた私は愕然とした。


 だって………、


 ………そんな。



 ………。


 ………。



「ふぅ………」

 深い溜め息のような長い深呼吸を一つして、僕はドアを開けた。気が重いからか、なんだかいつもより気怠く感じる。もう手遅れかもしれないからなのだけれど………でも、まだ、もしかしたら、と。そう思いながら、希望を奮い立たたせながら、床に落としていた視線を奥の方へと向ける。けれど、たかだかそんな事、それなのに、こんなにも勇気が必要になるとは。


 で、その結果。


「くうっ、ビンゴかよ………」

 中央奥に位置する壁に背中を預け、そして腕を組み、楽しそうな表情をしている何様な悪魔が一匹。それと、向かって左側の隅っこギリギリに手枷&足枷&猿轡で倒れている、のは、たぶん………翠子と音色だろう。そして、そのすぐ近く。驚いた表情でこっちを見ているのは、七色。あれは間違いなく、七色だ。その左手には、包丁? 何故かそれを持っている。


 包丁って、七色………。


 それは兎も角として。そんな光景が有り様が状況が、ワンセットで僕の視界に飛び込んできた。音色と翠子は反応なし、か。気を失っているだけなら或いはまだ、なんとか………なってほしいんだけど。


「そ、そん、な………」

 と、茫然とする七色が呟く。もしかしたら、後で僕を呼び出すつもりだったのかもしれないな。後でとは勿論の事、始末した後でという意味だ。どこまでのラインが始末なのかは僕には判らないけれど。

「ボス、どうして………」

 そして、七色はそう続けて再び沈黙した。


「利き腕です」

 その他にも、行方知れずつまり知らない筈の翠子の安否を決めつけた発言とか更に諸々とあるのだけれど、七色の戸惑いに僕はそれだけを即答した。背後からの左の袈裟斬り。警戒されない間柄。けれど、音色は右利き。そして、七色は左利き。双子のように瓜二つの容姿。それと………守護天使が介入出来ない理由を含めて色々と。七色が此処に向かったかどうかは完全に勘だったのだけれど、テメェーちゃんの遺体を処理しなかったのは痛恨の大失敗だよ。それとも、何か理由があるのか?


「ききうで?」

 え、あ、なるほど。どうやら七色、音色の利き腕を意識していなかったようです。初歩的ミス。天然だな。


「音色は右投げ右団扇だ」

「………あぐ、なんと!」

 それよりも何よりも七色、オマエはどうしてこんな事をしたんだよ………いいや、誰だってそうか。きっと、僕だってそうだ。何か一つ、たった一つ違っただけで、この僕だって今の僕ではなかったかもしれないのだ。しかも、一つの結末を終えたところで僕等は終わらない。終われない。終わりにはならない。言ってみれば日没みたいなもので、何事もなかったかのように夜は明け、朝となり、何事もなかったかのように流れゆく毎日を強いられるのだ。ただし、夜の闇に包まれてすぐ耐えられず、夜更けを迎える前に何もかもを絶ってしまうかもしれない場合もあるのだけれど。


「で、ナナ。何故に包丁?」

「えっ? 私の包丁ですよ」

 七色からしてみれば突然と言えば突然で、唐突と言えば唐突でもあった僕の質問に、当然と言えば当然の如くあからさまな逡巡を見せる。たしかに、この場面には似つかわしくないセリフだったかもしれない。


「武具はどうした?」

「え、あっ、それは」

 言い直した僕のその言葉によって僕が聞きたい理由が伝わったらしく、七色は打って変わって今度は動揺する。


「それは? どうした?」

「怖くて、使えないです」

 で、更には焦燥。


「怖いって?」

「色が………」

 あ、なるほどね。


「そっか」

 そこの悪魔の囁きに屈して動いてしまったのだから、きっと守護天使には見放されて武具に宿る色も………って事、かな。それとも、テメェーちゃんを葬った際に変わり果てたそれが判ったのかな。ん? だとすると、ドリーのオッサンには使わなかったのか? あ、オッサンが行方不明となってからも、七色は武具を使用していたっけ。って事は、オッサンはこれ等の件とは無関係なのか? それとも、オッサンも何かしら悪魔の………どういう事?

 

「今度こそ終わりです。ボスにバレてしまったら、何もかも終わりですお!」

 七色の声質が、焦燥から悲観に変わった。それにしても、七色が囁きに屈したか………。


「ナナ?」

 その表情にイヤな予感を見た僕は、思考を中断してすぐさま切り替えて、眼前の七色に再び集中する。


「もう、ダメです」

 すると七色、表情がスーッとなくなった。左手に持っている包丁をゆっくりと首元に移動させる。どうやら、自暴自棄が発動したようだ。


「えっ? ナナ、何を!」

 その様子を見て理解した僕は、おもわず声をあげる。ヤバいよこれはなんとかしないと! えっと、えっと、えっとえっと!


「ずっと大好きだったです。私ね、ボスが欲しかったんです。でも、これで嫌われてしまいました。だから、終わりです。もう、終わりです………」


「待て! ちょっと待て!」


 考えろ!

 考えろ!

 考えろ!


「待てば私のモノになってくれるですか? まだ有効なんですか? ねぇ、ボス、そうなんですか? ねぇ、ねぇ! って、そんなの有り得ないでしょ? 私の望みはそれだけでした。それ以外は何一つ意味をなさない。だから、だから待ったって無駄なんですお!」


「判ったよナナ! オマエのモノになってやるから!」



 あっ、しまった。



「えっ、そ、それは、はう、く、う、う、ううん! ウソです! ウソつき! そんなのウソだぁー!」


「ウソじゃない! 択一なんだろ?」



 まただよ。



「はう、う………あうっ、そ、そんなの信じられないですお!」


「判った! じゃあ、こうしよう! 今からオレと闘え! で、オレが負けたらオマエだけのモノになってやる! それならどう? な?」



 また僕は、

 間違ってしまうのか。



「えっ」

「な?」


「本当、に………です、か?」

「勝てば永遠にオマエのモノ」


「私の、もの………」

「どうだ?」

 けれど、他に思いつかない。


「約束、してくれるですか?」

「う、うん。誓うよ、絶対だ」

 七色が悪魔の囁きに屈してこうなってしまったのは、間違いなく僕のせいだ。


「ボスぅ………」

「オレに勝ったら、何もかも背負ってやる」

 だから、七色は悪くない。


「はうっ、う」

「どうする?」

 僕のせいで悪魔に唆されただけだ。


「ボスが欲しいです」

「なら、決まりだな」


 きっと、

 翠子も音色も七色の事を許してくれる筈。



 僕の事は兎も角として。


 いいや、

 僕のみを恨んでくれ。



「はう、う」

「決まり?」



 テメェーちゃん、


 ドリーのオッサン、


 ゴメンな。



 やっぱり………さ。


 いくらなんでもさ、



 ………、


 ………、


 ………、


 七色は殺せないよ。



「私のものっ!」

 そして、欲望に対してまたもや従順となった七色は、


「ボスは私のものだあああぁー!」

 折り合いをつける事さえ試みず、


「負けろっ!」

 たぶんきっと渾身の力で、


「負けろおおおぉー!」

 感情そのままに、


「負けろ負けろ負けろ!」

 用途を違えた包丁を、


「私に負けろおおおぉー!」

 僕に叩き込んできた。


「くうっ!」

 その攻撃を弾く度に、武具を持つ手に強烈な痺れが残る。直線的で単調な、しかも包丁による攻撃だった事もあってなんとか凌げてはいたのだけれど、さすがに一つ一つが重い。華奢で小柄な身体のどこにこんな力を隠しているのだろうか? 七色のそれと僕のこれが激しく衝突する度に、きん! きん! という音が鳴り響く。断続的に何度も、何度も。殺さなければならないという覚悟を持たないままこうして実際に身を置いているのだけれど、だからといってその先に考えはなく、僕はただただ防戦一方で弾き返すのみ。


 きん!

 きん!


 だって、七色も被害者なんだもん。


 きん!

 きん!


 悪いのは全てあの悪魔なのだ。


 きん!

 きん!


 楽しくて楽しくてたまらないといった表情でこっちを見ている、アイツ。アイツのせいで。


「ぜぇ、はぁ、ぜぇ、はぁ、ぜえっ、はあ、ぜえぇ、もぉー! 避けないでくださいおぉおおおー!」


「避けなきゃ死ぬっつぅーの!」

 何合目となった頃だろうか、ぴたりと攻撃の手を止めた七色が肩で息をしながら無茶な要求をしてきたので、僕は真っ当な意見を返してみる。


「え、あ、そうですよね。じゃあ、ぽい」


「えっ?」

 すると七色が、ぽぉーんと包丁を捨てた。刃こぼれしたから? んなワケないか。予想外なんですけど。


「本末転倒になるところでした」


「え、あ、じゃあ、兄妹喧嘩を再開しようか」

 ぽつりと呟いた七色に僕は、ほんの少しだけ逡巡したのだけれど、言わんとする事がすぐに判ったのでそう告げて、僕も武具を捨てた。因みにその色は未だ橙色のまま。ほんと、優しすぎる人だよ。あ、今度こそ天使様か。揃いも揃って神も天使も………頭が上がりません。


「むむむー! 兄妹喧嘩じゃなくて夫婦喧嘩の練習ですお!」


「夫婦って、早いだろ……て」

 僕はこの時、七色からたぶんこの日一番の怒気を感じた。やっぱり本気にしていたのか。って事は、以前からきっと、あの時から。


「私が勝ったらお嫁さんにしてくれるって言ったのはボスですお! だから、ボスは!」

 言いながら、じりり。七色が再び間合いを詰めてくる。


「うわっ!」

 それを見て僕は、思考を中断して集中する。そこまで宣言した記憶はないのだけれど、今の七色には藪蛇だろう。


「早く私に負けろおおおぉー!」

 と、言うや否や。七色が飛び込んでくる。


 ぶん!

 ぶん!


 七色の拳が、

 唸りをあげて飛んでくる。


 ぶん!

 ぶん!


 僕はそれを、

 辛うじて避け続ける。


 ぶん!

 がつ!


 ぶん!

 ぶん!


 どごっ!


 七色によるそれ等の何発かは流石に避けきれなかったのだけれど、それでもなんとか腕で捌く。けれど、素手での攻撃のみならまだ少しは余裕。なので、七色の拳が心配だなとか思いながらも僕は、それはそれとして冷静にチャンスを窺う。


 がつん!

 どかっ!


 実のところ怒りでハラワタが煮えくり返ってはいるのだけれど、勿論の事それは先程から相対している七色に向けてではない。


 だからこそ、

 冷静に、冷静に、冷静に。


 ぶん!

 がつ!


 音色や翠子を瀕………いいや、死に追いつめたという事に対しても、七色への感情は悲しみと痛みが独占している。


 どこ!

 ぶん!


 だからこそ僕は。

 冷静に集中する。


 ぶん!

 ぶん!


 怒りの矛先がもっともっと油断にまみれる瞬間を、視界の端でずっとずっと狙い続ける事がデキたのだ。


 ぶん!

 ばしっ!


 そしてそれが、漸く訪れた。

 絶好のチャンスという形で。


「うぐっ!」

「終わりだ」


 七色の拳を掴んだ僕は、七色の体勢を崩すや否や自身の武具を拾い上げ、尻餅をついた状態となった彼女に向けて、大袈裟すぎるくらい大きく振り上げた。


「あうっ!」

「じゃあな」


 怯えた表情で見上げる七色に、僕は言葉とは裏腹のウインクを一つ。


「あうう?」

「終わりだ」


 そして、

 勢いよく振り下ろす!


「そこのオマエがな!」

 と、見せかけて振り返り、振り返りざまその方向へとおもいっきり投げ捨てた。



 びゅん!


 と、いう風を切る音がしてすぐ。


 ずぶっ!


 と、いう音がする。



「ぐっ! ぐお、お………」

 で、赤色が呻き声をあげた。


「大当たり、だな」

 よっしゃ大成功だよざまぁーみろこのバカヤロー! と、僕は心の中で続ける。投げ捨てた武具が見事、殺しても殺し足りない悪魔の胸に突き刺さったのだ。しかも橙色のそれだ、最大級の苦しみだろう。


「ボ、ボス?」

 七色がどんな表情で僕を見つめているのかは判らなかったが、たぶん呆然となっているのであろう弱々しい声を背中に聞きながら、僕は憎々しい悪魔に近寄る。

「仲の良かった家族が私利私欲に溺れて殺し合う。オマエにとって、御馳走のシチュエーションだよな? 欲望の権化である悪魔は、欲望に忠実だ。故に、この状況に溺れる。はい、油断だらけの悪魔の出来上がり。で、その結果がこれ。以上、証明終了だよ!」

 そして、怒気を孕んだ声を響かせた。


「ぐ、ぐっ! ぐっそぉおおおー!」


「うるせぇーよ」

 あっ、ふんがぁーじゃないんだ。と、不意に思ったのだけれど、怒りが直ぐに激しく騒ぎ立ててきたので、まんまと嵌った悪魔の頭部を鷲掴みにして揺らす。


 ぐりぐり。


「がうっ!」

「痛いか?」

 身体が揺れ、傷口が広がる。


 ぐりぐり。


「ぐわあ、あくっ!」

「うん、痛いよな?」


 ぐりぐり。


「うぐ! あう! あうう!」

「悪魔だって痛いよなぁー!」


 ぐりぐり。


「ヤメ、て、ぐれぇ」


 ぐりぐり。


「ヤダ」

 呟くや否や、掴んでいる手をおもいきり押し下げる。


 ずぶぶぶ!


「ぎゃあああぐわあ!」

「苦しめバカヤロー!」

 腹部から胸部へと広がった裂け目のせいで、悪魔が断末魔のような叫び声をあげるが、僕はそんな悪魔の心境なんかに構う事なく、今度は逆に腹部から胸部へとグイッと持ち上げる。


 ずぶぶぶ!


「がはぁあああっ! たた、たっ、頼むから、もう、ヤメてくれぇ」


「………判ったよ。これで終わりだ」

 悪魔の悲痛な頼みを受けた僕は、折り返してゴール! と、ばかりにそう告げながら、鷲掴みにしていた左手を頭部から離す。


「ほんと、う、か?」


「ん? 疑り深いヤツだな。さすがに悪魔だ」

 けれど、先延ばしにする事をヤメただけ。


「終わ、り、か?」

「ホントだよぉー」

 なので、尚も確認してくる悪魔に軽く付き合いながら、胸のあたりにポンっと手を当てる。


「う、ぐうっ?」

「だって、さぁ」

 そしてそう言いながら、先延ばしにしていた事の始まりを始めた。その始まりは、当てていた手をスーッと引く事。


「オマエ、死んじゃうもん!」

 で、力任せに戻す。


 ずぶぶっ!


 どころではなく、突き刺す。


 ばきばきばきっ!


 それでもなお、

 その勢いを認知したまま放置する。


 どごっ!


 ばらばらばら。


 僕の左手が、そしてそれに続く腕が、悪魔の身体を、更には教会の壁を、一直線に貫く。


「あが! がが! がふっ」


「オレの家族を苦しめておいて生きて帰すワケないだろぉーがボケぇ!」

 ぴくぴくと痙攣する悪魔を貫いたその手の中には、コイツの魂の石。濁った赤身を帯びた命。


 ぐしゃっ!


 僕はそれを、それを。

 力任せに握り潰した。


 ぷちん。

 ぐにゅ。


「ああ、あ、あ」


 ぱらぱらぱららざざぁあああー!


 それで悪魔は、

 見る見るうちに干からびていく。


 そして悪魔は、

 屍という名の粒となって床を汚した。


「………バカヤローが」

 ぽつり、僕は呟く。まだ怒りは収まらない。コイツ等の、コイツ、コイツ等のせいで!



 コイツ等がぁあああー!



「うぐっ、く」

 けれど、グッと抑える。


「ふう、う………っ」

 抑えようと頑張る。




 かちっ。




「ん?」

 その最中、僕の耳に微かな音が届いた。反射的にその音に反応したので図らずも怒気を脇に追いやる事となったのだけれど、それが何の音なのかを思考する余裕はなかった。




 ぼんっ!




「んぐっ!」

 その僅か刹那だけ後に轟音がして、背中を強く押されたからだ。



 ぐしゃっ!



「うぐはっ!」

 ついさっき一部を壊すに至っていたからだろうか、壁は意外なくらいに脆く割れ崩れ、僕はそのまま突き破って地面へと投げ出された。



 ずしゃ!



「くっ!」

 それはあまりにも予想外すぎる事だったのだけれど、だからといって戸惑っている場合ではない。

「うくっ………」

 僕は少しの経過を要した後、懸命に体勢を整えた。そして、この事態について把握しようとした。



 その時、漸く。

 ヒリヒリとした熱を肌に感じた。



「え、あ、えっ!」

 僕等の教会の、内部が。

「ウソだろ、おい」

 激しく燃えていたのだ。

「そんな………」

 今の今まで居た其処が。



 どうやら、

 爆発によってこうなったようだ。



「マズいだろこれ!」

 僕は慌てて飛び込んだ。

「う、くっ!」

 中はまさに火の海だった。



 言うまでもなく、

 これはかなりヤバい状況だ。



「み、んっ、げほっ!」

 叫ぼうとしたのだけれど、息を飲んですぐ咽せてしまった。猛烈な炎に占拠されていたからなのだろう、呼吸すら上手くデキない。僕は完全に焦燥した。力なく崩れた筈の七色はどうしているのか。縛られて倒れていた音色と翠子はどうしているのか。二人はまだ、そう、まだ。そして七色も、三人とも僕が助けるんだ。


 このままだとみんな、

 焼け死んでしまうぞ!


「うっ、くっ!」

 ワナワナと自己主張してくる不安感にヤラれそうになりながらも、七色が居た場所、そして音色と翠子が倒れていた場所を頭の中で思い返し、まずは炎の勢いが強い七色の方に視線を向ける。



 その瞬間、

 僕は完全に声を失った。



「っ!」

 視線の先にある視界に炎に包まれた二つの人影があり、一つがもう一つに覆い被さっているような状態でぴくりともせず、つまるところ三人のうちの二人が燃えていたのだ。


「いやぁあああー!」

 その時、叫び声がした。



 反射的に、

 音色と翠子が倒れていた方を向く。



「音色?」

 だけが、そこに居た。たぶん先程の轟音とこの熱によって意識を取り戻したのだろう、呆然とした表情で二つの人影を眺めている。

「音色ぉー!」

 僕はなんとか叫んだ。


「センパイ? あうう、センパぁーイ!」

 音色が僕に気づく。


「今、そっちに行くから!」

 僕は炎をかいくぐり、いいやそんな事は考えもせず、ただただ音色のもとへと急いだ。

「音色、大丈夫か? すぐにハズしてやるからな」

 そして、音色の手枷と足枷を強引に壊し、音色を抱き寄せた。


「センパイ、翠子お、っ、あう、う、み、翠子さんとナナちゃんがぁー!」


「うん、判ってる」

 だって、そうだろう。此処にいるのは音色だけなのだから、もうどうする事もデキないくらいに燃えさかる人影二つは………そういう事になる。



 ぎしぎし。


 がたがたん!



「きゃっ!」

 音色がしがみついてきた。どうやら崩壊が始まったらしい。所々が焼け落ちてきた。


「とにかく此処から出よう!」

 僕は音色を抱え上げると、既に教会跡といった惨状の教会を、急ぎ後にした。


 ………、


 ………、


 幾許かの違和感を覚えながら。



 ………。


 ………。


 ………。



              第六幕) 完

              第七幕に続く

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