第27話 狡い大人と子供

「こうなってしまっては、自分たちに出来ることはほとんど無いんだ」


 警護分隊長殿がそう言ったのを期に、陛下は立ち上がり、騎士団長殿と共に歩を下げた。警護分隊長殿が鉄格子越しに私ににこりと笑いかけた。クルリとカールした口髭は今日も健在だ。


「自分たちに出来るのは、何も見ない事だけだ」


 カシャン、と鉄格子の間から、それが私の手元へと渡された。次いで、丸められた布の塊、更に旅用の布鞄が檻の中に押し込まれた。最初に格子を超えてきたそれを手にとって、私はただ混乱する頭の中で、警護分隊長殿の言葉を反芻していた。


 何も見ない事が、大人に出来る最後の支援だと。私と言う少年を認め、信じた大人が最後に出来る援護であり、謝罪だと。そう言う事なのだろうか。


「見張りには、昼を先に済ませるように言伝る。少しの間、此処は無人になるだろう」

「無事であって欲しいからと、君に罪を重ねる事を要求しているようなものだ。けれど、これしか方法が無いのだ」


 このまま此処で時を待てば、最悪の場合極刑だ。それならば、いっそ脱獄であっても、逃げる手立てを用意しようと言う事だ。


『身勝手なもんさねぇ』

『……いいや、十分だ』


 身勝手な大人の偽善だ。助けられなかった子供への僅かな慈悲と、己を正当化するための偽善的な援助だ。でも、それで十分だ。


 警護分隊長殿、騎士団長殿、国王陛下までもが、騎士としての私の活躍を知り、騎士としての私の存命を願ってくれた。家族は既に町を離れ、私がこれ以上の罪を重ねたところで悲しみ、謂われない酷評を受けるヒトはいないだろう。


「ありがとうございます。これだけのご支援を頂きながら、もうひとつ我侭を申し上げても宜しいでしょうか?」


 言ってみなさい、と騎士団長殿に促され、私は最初に渡された一振りの騎士剣の柄を格子の外へ、陛下に向けて差し出した。


「もう一度、私に拝命下さい。国を救い、国を捨てる騎士のために、今一度私に騎士としての拝命を頂けませんか?」


 それが何の意味も持たないものと知りながら、私はこの国の、この国王陛下の騎士でありたかった。


「白銀騎士団に入団して、騎士として剣を取り、鍛錬を積む日々は私にとって掛け替えの無いものでした。この国の民は私を信じてはくれませんでしたが、今、陛下が私を信じて下さっている事、それを誇りに、私は旅立とうと思います」


 もしその刃を抜き、禁忌の力を手にした恐るべき存在を亡き者にするのであればそれでも構わない。それが陛下の手であれば、もういっそ清々しいくらいだ。


『馬鹿なお子ね。そンな事したらアタシの力がまた暴走するわよ』

『そうさ、これだけ信頼と敬愛を送る陛下に切られたなら……そうなったら、もう私は私に戻ってこないだろうから、知った事ないのさ』


 まあ薄情なこった、とフルーストリが呆れた声を出す。


 そんな懸念を他所に、国王陛下は穏やかに笑い、お安い御用だ、とおっしゃって剣を手に取られた。


 刃が鞘を擦る音が狭い塔の、檻の中に響き、膝を着いて頭を垂れた私の肩に、その白銀の刃が置かれた。


「汝、我が身を守る剣であり、盾で在れ。汝、我が国と仲間を守る騎士で在れ。汝が名を、騎士アルブレヒト=テオドシウス、汝が心に従う騎士で在れ」


 それは形式ばった任命式の拝命の言葉ではなかった。私のために、陛下が拝命した騎士の誓いであった。


「我が名はアルブレヒト=テオドシウス。我が敬愛の国王陛下より、騎士としての拝命を承ります。この剣は我が信念の為振るう事を、此処に誓う」


 私も、思いつく限りの言葉でそれを承った。もう、迷いも不安も無かった。剣を陛下から手渡され、私はその柄を強く握った。陛下の手の熱が僅かに残っていて、それはとても心地良かった。


「ありがとうございます、陛下。そして、騎士団長殿、警護分隊長殿」


 顔を上げて三人を見返す。三人とも、安堵と信頼の表情をしていた。


「礼を言われるほどの事はしちゃいない。此処にいるのは、みぃんな規則破りの不良騎士と、不良国王だ」

「不良とは、言ってくれますな」

「投票結果にやきもきして、こんな申し出をされる国王が何処の国におりますか。我が国の王はとんだ王様ですぞ」

「はっはっは、その通りだな。第一級犯罪者ともなろう者の逃亡幇助を国王がしてのけたなど、滑稽極まりない。故に、私はやらねばならないと思ったのだよ。この国を変えるための大きなきっかけを作ってくれた者たちを、ただ処刑してしまうのは、間違っていると思ったのだよ」


 カラッカラと笑う国王陛下は、穏やかさなど感じさせず、騎士団長殿と警護分隊長と合わせて悪戯好きな町の子供たちのようにも見えた。それはとても心強く感じた。


「ありがとうございます。私は、二度とこの国の地を踏む事は叶わないでしょう。ですが、心は皆様と共にあると、覚えて置いてください。再び、平和な国を造って下さい。穏やかな日々を、取り戻してください。私の変わりに、この国を、お願いします」


 決意を新たに、旅立とう。脱獄でも逃亡でも無い。これは、私の旅立ちなのだ。


「アルブレヒトくん、格子越しだが、最後に抱きしめても良いか?」

「え、あ、はい……」


 戸惑いがちに立ち上がって格子に近寄れば、騎士団長殿がその腕を格子に差し込んで私の体を引き寄せた。


「どうか、元気で」

「……はい、ありがとうございます」


 騎士団長殿のマントからは、城で良く焚かれる香の香りがした。白銀騎士団に入って、城での仕事に就いた頃。緊張と共に誇らしさを感じた匂いに、私の心は静かに、力強く前を向いていた。

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