第24話 力の顕現
『キチンと息をおし。呼気の乱れは力の乱れに繋がるわよ』
言われて息を止めていた事に気が付いた。動揺してしまう心の弱さは、克服するべき課題だな。
「被告、アルブレヒト=テオドシウス。前へ」
はち切れそうな心臓を抱えて証言台へと進み、私は深呼吸と共に視線を上げた。裁判官席に並ぶ裁判官たちと僅かに視線が合う。皆、公平にと言う目の奥に僅かに畏怖が感じられた。
「被告、白銀騎士団第三分隊所属、元騎士テオドシウスは、此度の国家反乱事変において、元大臣たちの策謀によって【契約】を強いられた。それに間違いはないか?」
口の中がカラカラだった。
「はい、間違いありません」
言葉の端々が震えていただろう。
「それを証言出来る者はいるか?」
何を言っているんだ。率直な疑問として裁判官への疑心が私の中に湧き上がった。身の潔白は騎士団長殿や警備分隊分隊長殿が訴えていると言うのに。
『坊や、落ち着きなさい』
「でもフルーストリ。あの場に居たのは私と君と大臣たちだけだった。証明するにも」
思わず口に出していた。私の独り言の様な言葉は、ざわめく傍聴人たちの言葉すら掻き消して、裁判所の中に響き渡った。
「テオドシウス、発言を許します。弁明があるのであれば、おっしゃいなさい」
裁判官の一人、初老の女がぴしゃりと言葉を促す。しかし、その言音の奥に不信感と疑念、そして排他的な音色を感じた。
結局、裁判官たちも恐れているのだ。私が国に残留し、万が一にも力を暴走させ被害が出た時に、この判決を出した自分たちにも被があると責められる事を恐れているのだ。
人は、己の身が可愛くて仕方ないのだ。
『坊や』
頭から血が引いて、心臓が少しだけ鼓動を落ち着ける。はぁっと息を吐くと、驚くほど冷静になれた。
『……大丈夫。私の往く道は決まっている。騎士団長殿と、警備分隊分隊長殿を失望させてしまうけれど』
私のやるべき事は決まっているのだ。
あの力強い目をした青年と、少年と出会った時から、私たちの往く道は、竜神様のお導きによって定められたのだ。
「証言者なら、此処にいます」
言って、私は右手に刻まれた契約の印を白日の下に晒した。
「我が契約せし鳥獣種の女、その名をフルーストリ。竜神様の御意志に触れる契約の力、今此処に我が得し超越の力を顕現されたし」
【ガーディアン・キー】と、それを詠べば、右手に刻まれた契約の印が光を発した。
手の平に染み込む様に光は広がり、やがて右手首から先を光の鍵へと模った。同時に私の胸にも鍵穴と扉の形に光が溢れた。鍵は鍵穴へと吸い込まれ、そして扉が開くと同時に、フルーストリが顔を出した。
その翼の腕を左手で取って導けば、彼女は白く輝く体を私の胸へと腰掛けさせた。裁判所の中に居た全員が、息を呑んでその美しい姿に魅入って、恐怖している。
私は声を張った。
「彼女が私と契約した鳥獣種フルーストリです。彼女は大臣たちに寄って森で捕らえられ、瀕死の体で教会へと運ばれて来ました。命を惜しんだ彼女は何も知らない私と契約をする事で、命を繋ぐ事を、大臣たちによって唆されたのです。私たちは揃ってあの大臣たちに謀られたのです」
私の言葉の後、場内は一斉に動揺する人々の囁き声で埋め尽くされた。
『アレが、魔物……』
『なんて、ことだ』
『おそろしい』
『恐ろしい』
『うつくしい』
『あんなにきれいなのに』
「せ、静粛に!て、テオドシウス!力を行使して良いとは言っていません!それを、獣を早くこの場から退かせるのです!」
動揺した声を上げたのはやはり先程の初老の女裁判官だ。彼女は、力を恐れ、保身ばかり考えている。
「彼女が私の無実を証明する証人です」
「そう言う事さねぇ。こんなに強いお子を育てた親御さんに感謝する事さ。お子でなけりゃ、今頃この国は滅んでいたに違いないよ」
【契約】の力の恐ろしさをフルーストリが僅かに匂わせる。動揺する声は収まらない。
「お子のおかげで、アタシの声が皆々様にも聞こえているだろう?お前たちは真実が何であるかなど関係ないと言う顔をしているねぇ。異端を排除したいだけの顔さ。それがヒトのサガと言うヤツだろうねぇ。恐ろしいものは遠ざけて、見てみない振りさ。だからあの大臣どもをのさばらせたのさ。あの男たちは、人の皮を被った悪魔に違いないよ」
恐怖だけで坊を切り捨てる、薄情なもんさねぇ、と軽蔑の表情をしたフルーストリに、もう良いと手を引く。ふふ、と笑った彼女は私の胸に開いた扉の中へと姿を消した。扉が閉まると同時に鍵穴から鍵が吐き出され、それは元あった私の右手へと戻った。
「これが、私が得た【力】です。私は、騎士として、国のためにこの力を使いたい。そう願っています」
それが不可能である事も、今此処で解った。ヒトは、恐れと共に在る事は出来ない。ほんの僅かな疑心でさえ、やがて人の心を蝕み、ヒトを変貌させる。
私自身にも言える事だ。
この女裁判官を前にして、私にも引っかき傷の様な疑心が芽生えている。この人は本当に公平な判断をしてくれるのだろうか?この疑心は、やがて私の目を曇らせ、持つ剣を鈍らせるだろう。
騎士団長殿と警備分隊分隊長殿には、申し訳ない結果に終わるだろう。白銀騎士団の仲間たちにも、申し訳ない事をした。けれど、こんな私がいた事が少しでもこの国の発展に繋がる教訓になれば、それでもう十分だ。
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