第23話 裁きの日
事情聴取の騎士が来なくなって三日。城では先日の王の演説以降、連日民たちが参加する中で大臣たちの裁判が開かれている。
『あの狒々爺共は間違いなく国民が切り捨てるだろうねぇ。坊やも裁判にかけられるんだろう?』
『……そう、だな。私もあの場に立たなくてはいけないんだろうな』
民が望むのであれば、契約をした人間を法廷の場に出廷させる事も国王や騎士団長殿は厭わないだろう。騎士団長殿たちが私の身の潔白を訴えてくれる。それで民の心が静まるだろうか。いいや、静まって貰わなければ。私は、私が守った民を信じたいのだ。
心穏やかにとは行かないが、私はその日を迎えた。
そう大きくない裁判所には民が押し寄せ、一目『契約』の禁忌に犯された騎士を見ようとごった返していた。私は大勢の警護の騎士たちに囲まれて、塔から裁判所へと移動した。目深にフードを被り、顔を隠した。人混みを割って先を行く騎士たちの背は頼もしかった。
「テオドシウスくん、君はただ騎士団長殿を信じれば良いんだよ」
裁判所の控え室で、塔から私の護衛をして下さった警備分隊長殿がぽんと優しく、そして力強く背を押してくれた。
「はい、ありがとうございます」
愛嬌のある口ひげが、今日もくるりとカールしていた。何気ない日々が戻って来ないと知りながら、私は法廷の場に足を踏み入れた。
ざわめく民衆の声が、視線が一斉に私に押し寄せてくる。飲まれてはいけない。彼らの声もまた、獣の声と同じだ。フルーストリが私に語り掛けた時と同じように、頭の中に声が響く。
『おい、テオドシウスさんのところの倅じゃないか』
『だからあの人らは町を出て行ったんだね!』
『何て事だ。あんな好青年が【契約】の力を手にしたと言うのか?』
『坊や、私の声が聞こえる?』
『……聞こえるよ』
『私と騎士のオジさんの声にだけ耳を傾けなさい。あとは木々のざわめきと一緒』
『はは、難しい事を……言うね』
口に戸が立てられぬと言うのは本当だな、と頭の隅に皮肉を浮かべてどうにか気を紛らわせる。際限なく頭の中に流れ込んでくる思念は、恐ろしい程頭の中を埋め尽くす騒音だ。騒音は、心を乱す。心の乱れは、力の乱れに繋がる。【契約】の末に私の中に注ぎ込まれた強大な力を、私は制御し続けなければいけないのだ。私の心の平静と言う天秤によって、何時如何なる時も。
「これより、此度の国家反乱事変重要参考人、アルブレヒト=テオドシウスの国民裁判を開廷する!」
「議題は彼の今後の進退である。被告は元大臣たちの策略によって、止む終えず契約に至ったと証言している。また白銀騎士団団長、及び警備分隊分隊長により、彼の身の潔癖が訴えられており、被告である彼が契約の力をこの国のために役立てたいと訴えている事の審議を問う」
「魔物の力を持っているって言うのに、本当に安全だ何て言えるわけが無いだろ!」
「そうだそうだ!」
「テオさんちの倅だぞ!そんな馬鹿なことをする訳がないだろう!」
「馬鹿言え!だったら何でテオドシウスのやつらは街を出てったんだ!後ろめたい事があるからだろうが!」
「静粛に!」
打たれた木槌の音が裁判所の中に響く。けれど民衆の声は収まらない。
「そもそも【契約】とやらで、魔物になっちまったって事だろう!」
「そんな得体の知れ無い者を国に置く事は反対だ!」
「また今回みたいに国を転覆させる事になるぞ!」
カーン、とより強い音で、木槌が鳴る。
「静粛に!此処は議論をする場です。勝手に意見を言いたいだけならば退場したまえ」
ピシャリと言った裁判長の言葉に、野次の言葉は少しだけ収まった。が、完全な静寂は訪れない。ヒソヒソと傍聴者の声が裁判所の中を埋め尽くしている。
『坊や』
『……うん、大丈夫』
吐き出す溜息がどっしりと重く、吐いても吐いても胃の重さは軽減されず竦み上がるばかりだ。頭に血が上っていくような、引いていくような。少しだけ頭がぼんやりする。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます