第21話 少年の本音
「君のような逸材を手放すのは、本当に惜しいんだ」
言った騎士団長殿の眉間に深い皺が寄る。あぁ何て、何て素晴らしい言葉を頂けたのだろうか。あの白銀騎士団団長が、私を手元に置きたいと言った!それに答えられない事は私が一番身に沁みているはずだ。
けれど。
「団長殿……」
言葉が詰まって出て来ない。
「私は、この国が好きです。国王を敬愛しています」
目頭が熱くなる。押し込めて隠して、なかった事にしたかった感情が溢れ出てくる。
「騎士団長殿の事を尊敬していました。先輩騎士たちの背に憧れました。街の人たちが穏やかに暮らせる日々を護りたかった。家族が平和に暮らす日々を作りたかった」
ボロボロと涙が溢れてくる。行き場をなくした衝動が体を震わせる。格子を握り締めその間に額を押し付け、胸の奥の奥に隠した言葉と感情を吐き出した。
「私はこの国を護る騎士でありたかった!私はこの国に、この騎士団に残りたい!」
鼻先に柔らかな布の感触がして、その大きな手が頭を撫でた。騎士団長殿が格子越しに私の頭を抱きかかえて下さった。
「君のような騎士が我が騎士団に居てくれた事、私は一生誇りに思うぞ」
小さき者の強がりなど、大人の前ではあっけなく瓦解する。こんなに強く存在を認められ、必要とされたのは生まれてこの方初めてだ。こうして必要とされる期待に答えたい。もっと剣の腕を磨いて、騎士団長殿の下で国を護りたかった。
この小さな箱庭の中で安穏と暮らしたかった。外の世界などどうでも良かった。ただこの小さな国で、小さな箱庭の小さな部品で良かった。そんな大それた事は望んでいなかった。
【契約】の力など要らなかった。ただ手の届く範囲の人を護れるだけのささやかな剣の力があれば良かった。この暴動を起こしたあの火の民の男を恨む訳では無いが、どうして小さな私の日常が奪われてしまったのか。ただただ行き場を無くした、怒りとも悔いとも付かない激情が口から獣の咆哮のように吐き出されていく。
「神よ……」
小さく呟いた騎士団長殿の胸を借りて、私は泣き叫んだ。
何て無様な姿を晒してしまったのだろう。十七とは言え成人済みの大人がする事ではなかったと後悔しても、騎士団長殿に弱みを握られた事は確かだった。
一頻り泣き叫び、しゃくりあげる息が静まってから、私は騎士団長殿の胸から顔を上げた。私の顔を改めてみた騎士団長殿が、ふっと微笑んで言葉を紡いだ。
「私が同じ立場なら、君のように気丈には振舞えまいよ」
慰めとも付かない団長殿の言葉を胸の奥にしまい、私は感謝の言葉を返し、改めて彼の言葉を聞き返した。
「私の騎士団残留の件、国王はどう反応されていたのですか?」
「私が認める者ならとおっしゃって下さっている。ただ、左官たちがあまり良い顔をしていない。民衆の声も問われるだろう」
そう簡単に収まる話ではない。何度も国を出て行く事を覚悟しようと考えていたのに、こうして引き留める手を得て、私のちっぽけな覚悟など簡単に瓦解する。まだまだ私は子供なのだ。
「さて、そろそろお暇しよう。ところで」
すっと立ち上がった騎士団長殿が、何気なく口を開いた。
「君は本当に反乱を起こした彼らの行方を知らないのだな?」
その言葉に、頭に上っていた血がすぁっと引いていくのが分かった。
「はい、残念ながら」
「分かった。では、体を冷やさないようにな。お休み」
「おやすみなさい」
言って塔を去って行く団長殿の背を見送り、扉の先に眠っている見張りの騎士二人の姿を見た。
泣きわめいたところは聞かれずに済んだかな、と安堵の気持ちと、ほんの少しの後ろめたさがチクリと胸に刺さった。
『坊やは悪いお子だ事』
『……そうだな』
その夜の空気は澄んでいて、泣き腫らした目元にひりりと冷たかった。
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