第20話 寄せられた想い
日が落ちて、夕食の片付けを看守が行った後、看守と入れ替わるようにして白銀騎士団団長殿が幽閉塔へと入って来た。思わず居住まいを正して敬礼した。
「うむ、変わらないね」
自身も敬礼で返し、楽にしてくれ、と言って騎士団長殿は看守を塔の階段へと追いやった。その手にこっそり葡萄酒の瓶が渡されていた。
「約束の葡萄酒だ。格子越しで悪いが、一杯やりに来た」
葡萄酒の酒瓶とナッツやチョコレートの肴を共に、私と団長は杯を交わした。
「交渉隊が城から帰還して、君を一人にしてしまった事を後悔しているよ。君のような将来有望な騎士が【契約者】になってしまうのは、本当に痛手だよ」
それがどんな経緯と理由であれ【契約者】を騎士団に置く事は出来ない、と暗に団長は口にする。それは自分が一番分かっている。
「事が落ち着き次第、国王に騎士の名をお返しして……その後、出来る事なら国を出たいと思いますが、許されるのでしょうか」
「……それは、国外追放を望むと言う事で、間違いないのか?」
「【契約】を破棄する事は出来ません。この力を有している以上、国に居る事は出来ないと、覚悟は決めつつあります」
眩しいものを見るように目を細めた団長は、溜息の後に杯を仰いだ。
「そう言う真の騎士としての心を持つ若者を、我が騎士団は……我が国は失ってしまうのだから、やるせないよ」
「私と、あの男と言う犠牲を払って、この国は膿を吐き出してより前進するでしょう。私たちは国の闇を取り払うための贄です」
「贄にすべき腐った性根の人間がごまんと居ると言うのに、どうして竜神様はこう言う正直な好青年にばかり試練をお与えになるのだろうな」
「簡単な事です」
どうしてそんな言葉が出て来たのか。私は【契約】の代償に獣の意思を取り込んだ。原初の生物、神に近い生物である獣たちの意思に、神の意思に触れたのだ。
「竜神は、我々に乗り越えられるだけの試練しかお与えになりません。騎士団長殿も、国王も、国民も、彼も、そして私にも、その試練を乗り越え、先に進めるだけの力があると知って、試練をお与えになる。だから、きっとコレは私の人生にあって乗り越えるべき壁だったのだと、そう思うのです」
杯を満たす葡萄酒の深い紫色の奥に、私と彼女の顔を、そして彼らの顔を見た。今頃、彼らはどうしているのだろう。
「テオドシウス」
「あ、はい」
「私はな、国王に君を勇者として騎士団に残留させる事を進言しているのだ」
何を言われたか分からなかった。だって、先ほどまで人材を失う事は痛手だと仰っていたではないですか。
「あの非常事態に動じずに立ち向かい、そして冷静な判断を選択し続けた。大臣たちの謀略に陥れられたとしても、結果的にその力で反逆者を退けた。君は知らないだろうけれど、あの反逆者の男は街では魔王と呼ばれているんだよ」
魔王。確かにあの白く神々しいまでの獣の姿は王と呼ぶに相応しいが、魔王とは何とも皮肉なものだ。
「そして、教会から飛び立った君の姿を見た街の民の一部が、君の事を勇者だと言っていたんだ」
「……私は勇者ではありません」
彼に言った言葉を同じように繰り返す。確かに勇気ある者であったかもしれないが、私はただその状況に流されただけだ。
「私は勇者でも救世主でもありません。一介の騎士に過ぎません」
謙遜と取られても良い。私はそんなに崇高な者では無いし、そんな者になりたい訳でもない。私は私の信じる騎士道精神に、正義に従ったまでだ。そしてあの男の正義と向き合った。
国の上層部の汚職。それは伝えられるべき所へ伝わり、裁かれるべき者たちは裁きの時を待っている。この事件の全てが終われば、国は正義の名の下に平和を取り戻すだろう。
だからこそ、禁忌の力を持つ私が国に居ては危険なのだ。分かっている。
「私が国に居れば、やがて禁忌の力を持って謀反を起こすかもしれないと、疑心暗鬼に襲われる者が少なからず出てくるでしょう」
平和を取り戻した国に、わざわざ影を残す必要は無い。
「それの心配がないと証明するのが、私の仕事だと思っているんだがね」
「ご尽力、心から感謝します」
「諦めず、私の元で剣を取って欲しいのだよ」
向けられた視線が真摯に私の目を射抜く。嘘偽りのない力強い瞳。あの金色の瞳を思い出すそれ。
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