第19話 裁きの時まで

 看守は数時間毎に入れ替わり、時折事情聴取に年配の騎士が訪れる事があった。基本的に尋ねられるのは、大臣たちとの共謀がなかったかと言う事。白銀騎士団第三分隊長殿が買収され、大臣たちに共謀していた事をアッサリ吐いた。他にも城で税金の会計処理をしている書記官が何名か。更には郊外へ税金徴収に赴く役人も、大臣達に加担していた事が分かった。地位に目が眩んだ、私は騙された、私は悪くない、と叫ぶ分隊長殿の顔が浮かぶようだ。


「君は分隊長殿に連れられて教会へと赴き、そこで鳥獣種との契約を迫られたのだな?決して大臣たちと取引をして、自ら契約者になったのではないのだな?」

「はい。私は私の意志で契約を拒みました。けれど鳥獣種の女の強い恨みの念に引き摺られ、契約を迫られてその声に耳を傾けてしまいました。騎士としての心の弱さに介入されたのです」


『……随分酷く言ってくれるもんだ』

『だって本当の事だろう?貴方はあの時生きる事に必死だった。生きる事に執着しない者など居ない』


 ふん、とまた苦笑する声がした。


「大臣たちのと取引や共謀はなかった」

「はい、それだけは断じてありません」


 きっぱりと言い切った先で、年配の騎士はふうっと息を吐いた。


「君のような真摯な騎士を失う事は、我が白銀騎士団にとって、この事件最大の痛手だよ」

「騎士の名を国王にお返しする覚悟は決まっております」

「……そうだ、だから勿体無いと言うんだよ」


 悲しそうな背を小さくして、年配の騎士は幽閉塔を後にした。


 同日の午後訪れた別の騎士も、同じように大臣たちとの癒着があったのでは無いか?と問うて行った。


 翌日の午前。三人目に訪れたのは警備分隊長殿だった。


「やあ、元気そうだね」

「分隊長殿、ご無沙汰しております」


 堅苦しい挨拶はナシだよ、と分隊長殿はニコリと笑って愛嬌のある髭をくるりと撫でた。差し入れだと小さな包み袋に入った菓子を格子越しに手渡してくれたのはありがたかった。城の中もこの事情聴取や裁判の手続き、その他新しい大臣の任命などに人材不足なのだろう。三食きちんと支給されるが何しろ質素で味気ない食事が続いていた。看守たちは交代で場を離れるから、勤務時間以外はそれなりに食事を摂りに街へ行けるが、私はそうは行かない。甘味はこの上なくありがたい。


「さて、大臣たちとの癒着について、耳がタコになったろう」

「仕方ありません。どんな状況だったにしろ、私は【契約者】になってしまったのですから」

「外見とか全然変わってないのにね。不思議なもんだよ」

「私も彼女が傍に……私が【契約】をした鳥獣種が私の中に居て、声が届かなければ夢だったとでも思った事でしょう」


 そう言う君らしい軽口が聞けて何よりだよ、と分隊長殿はまた笑った。


「今日はその契約についての話だ。その時の状況、そして城へと飛び立った後、例の獣と戦った時の話をしてもらえるかな」


 そうかついにその話か、と私は腹の奥で覚悟を決めた。改めてその経緯を振り返る事への、言い知れぬ恐怖があった。それが本当に自分に起こった事だったのか。アレだけ痛かった傷は既に完治して、思い返そうにも既に遠くに去ってしまった。一週間と経っていない事のようには思えなかった。


「話してくれるか?出来るだけ詳細に」

「はい、お話します」


 そうして話し出して、時間はあっと言う間に過ぎ去っていった。城へ交渉に行った後、第三分隊長に連れ立たれ教会を訪れた後、倒れるフルーストリと【契約】を果たした。契約は失敗に終わり、暴走した私は本能のままに男との対峙を望み、そして戦った。


「戦いを止めたのは男の弟の声でした」


 その声に隙を見せた男に奇襲をかけた。騎士にあるまじき手を使った。私は自分自身の体を制御出来なかった。男に致命傷を与える事は出来たが、反撃を食らって意識を無くした。目覚めると【契約】が完全に成されていた。


「暴走している間に少しずつですが、私は獣と同調したのだと、フルーストリが言いました」

「そしてお前さんの中に鳥獣種の女が居るってんだな?」

「はい、そうです」

「……その彼女が別嬪さんなら拝んでみたい所だが、そう言う訳にもいかんのだろうな」


 で、そこから?と促されてて、何処か軽くなった雰囲気の中、私は事の続きを話した。


 王の寝室で横たわっていた火の民の少年。か弱くも力強かった瞳。私がずっと対話を望んでいた事を告げ、国の為に上層部へ訴えると言った事。


「……けれど、彼らは消えてしまいました」

 溢れる光の洪水の中、彼らはその姿を消してしまった。

「彼らの足取りは、分からんよな」

「申し訳ありません……」

「結局彼らは、城から王以外の国の関係者を放り出して、王と一対一での対話を望み、結果としてこの国の膿を出して言った事になる訳だが……」


 私の話を纏めた書類を手に、分隊長殿はその髭をくるりと撫でた。


「……もし、彼らの足取りが掴めたとして、彼らに下る厳罰は」


 それ以上の言葉は言えなかった。それは禁忌を犯した自分にも当てはまる事だからだ。分隊長殿は、少しだけ困ったようにふむ、と息を吐いた。


「そうだね……極刑は免れるだろうけれど、何らかの罰は与えられる。ちょっと痛い話だけど、手足の腱を切られて、今後何があっても武力による行使が出来ないようにする、とかね」


 返って来た言葉に、思わず自分の手首を擦る。恐ろしいほどの回復力を持つ【契約者】に与えられる罰として、それがどれほどの効果を発揮するかは分からないが、ぞっと寒気が走る。


「……そう言えば、美しい図柄だね」


 君のその右手、と言われて【契約の印】に改めて視線を落とす。翼の意匠のそれ。鳥獣種であるフルーストリの翼を思わせ、黒い獣の背にあった翼を思い起こさせるそれ。確かに流線型の緻密な図柄は繊細で美しい。


「美しいと言って頂ければ、きっと彼女が喜ぶでしょう。これは、彼女が私の中に居る証ですから」

「これは妬けるよ、まったく」


 苦笑して髭を撫でた分隊長殿の腹がぐう、と鳴った。ははは、と笑い合って、昼時も随分過ぎていた事に気が付いた。

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