第17話 対話の時

 一際大きな血痕が続く先は王の寝室。血の痕を辿り、私はようやく男と対峙した。


「……ついに此処まで来たか」


 ベッドに体を預け蹲る男は随分小さく見えた。その体を包んでいた魔法の光が収束する。


「国を脅かした賊に剣を向け、それを退治するか?勇気ある青年よ」


 睨み付ける男の視線は鋭い。しかし、その背後にいる小さな影に、私の思考は釘付けになっていた。先ほど私と男に語りかけた天の声。


「兄さん、彼は敵ではないんだよ。そんな風に挑発しちゃダメだ」


 男の半分ほどの小さな体。赤い毛並み、黒に近い茶で縞が入った、猛獣の虎のような姿をしてる原種に近い獣人。火の民の少年。傷を負った男に治療魔法を施した少年は、こほ、と小さく咳をした。


 兄弟、なのか。ちくりと良心に刺さる棘。違和感。それを全て吐き出すように私は口を開いた。


「私は、貴方と対話をしたかった。国へと反旗を翻す貴方の正義と、国を護る私の正義と」


 正義とは何か、話がしたい。私は早鐘を打つ心臓を喉の奥に押しやり、頭の中に渦巻く感情を吐き出した。


「貴方を悪として剣を取る事は容易い。けれど、貴方には貴方の事情があった。そうでしょう?私の護る国は人々を虐げるような国ではなかった。私の知らない何かを貴方が知っている」

「……獣を飼い慣らすだけの力を持つだけの事はある。中々聡い男だ。度胸と技量と、信義を持っている」

「こんな風に剣を交えたくはなかった。獣に飲まれかけ、刃を向けた事は心から詫びる。私は一介の騎士に過ぎず、国への発言力など持ち合わせていないが、貴方の討とうとする敵を共に探る事は出来る」


 力になりたかったのだ。こんな風に戦うための力など要らなかった。ただ男の話を聞いて、共に国を愛する者として、民を護るものとして問題に臨みたかった。


「本当にすまなかった。私は貴方の力になりたいだけだったのに、この国を蝕む悪だけを憎んでいたのに」

「貴方は本当の騎士なんですね」


 言葉を返したのは少年の方だった。


「ありがとう、その言葉だけで、僕たちは救われます」


 もう終わりにします、と少年は言葉を続けた。


「待ってくれ、確かにじきに騎士団が此処に到達するだろうが、私が話をする!だから待ってくれ。このままでは終われない」


 せめて話して欲しい。貴方たちが何を憎んでこの暴動を起こしたのかを。あんなに聡明な国王に何故反感を抱かねばならなくなった。この国の歪みとは、何なのだ?


「……お前をその獣と擦り合わせた者たちは、誰だ?」


 男がその重い口を開いた。どくりと心臓が跳ねた。敢えて禁忌に手を出し、そうしてまで国王を救いたかったのだと信じたかった。信じたかったが、その不信感を拭う事は出来なかった、彼ら。


「それは」

「お前はもう既にこの国の歪みを目の当たりにした」


 言葉少なに語った男の後ろで、少年が咳き込んだ。ゼヒゥ、とか細く鳴った喉から悲痛な咳が続く。何か病に冒されているのか?

 ぜいぜいと息を整えた少年が、真摯な眼差しを投げかけて来た。その金色の瞳に魅入られる。


「……勇者様、お名前を伺っても?」

「私は勇者などではない。私は、白銀騎士団第三分隊所属、騎士アルブレヒト=テオドシウスだ」

「勇気ある者を勇者と呼ぶのです、アルブレヒト様」


 微笑む顔に力強さは無い。なのに、何故この少年に力を感じるのだ。


「勇者アルブレヒト、国王は無事です。地下の牢獄に軟禁してありますが、命に別状はありません。きっと騎士団の方々に保護された頃でしょう」

「何だって?」


 横たえていた体を起こし、大きな瞳が縋るように私を捕らえた。その瞳も、兄のそれと同じく力強さに燃えていた。目が似ているのだ、この兄弟は。


「僕らは、ただ国王と話がしたかっただけなんです。だから、国王の命までは奪いません」

「やめろモーリス! これ以上話す必要はない!」

「僕らは貴方と同じように、国王自身と話がしたかっただけなのです」

「国王と対話を?国王様に、この国の歪みについて進言なされたのか!」


 無言で頷いた少年は、目を伏せてふうっと息を吐いた。患っているであろう胸の苦しみを押さえ、少年は何かを決意したように目を開けた。


「お願いがあります、勇者アルブレヒト。僕たちは僕たちに成せる事の全てを行いました。後は、貴方の采配次第です。貴方を信頼させて下さい」

「私に出来る事ならば、いくらでもしよう。貴方たちは国の不正を暴くために命を賭した」

「ありがとうございます、勇者アルブレヒト」


 微笑んだ少年の表情に何処か私はホッとした。きっとコレで終わる。国王とも対話が済んでいるならば、聡明な国王の事だ、既に騎士団長殿に国政の歪みを調査するように話が進んでいるに違いない。彼らには相応の懲罰が下るかもしれないが、こうする他になかったのだと私から進言しよう。


 確かに国が震撼するほどの大騒動だったが、それで炙り出された歪みも確かにあった。これはこの国にとって必要な荒療治だったのだ。


「それで、私は何をすれば良いんです?」

「僕がする事を、ただ黙って見逃してくれれば良いです。あなたには勇者の名声が残り、僕らは僕らの正義の元にこの地を去ります」


 言うやいなや、少年の寝ていた寝台に光り輝く魔法陣が現れた。獣と契約をした男と私には、間違えるはずもない魔法陣。


「やめろモーリス!そんな事をして何になる!」

「僕は兄さんに契約者になんてなって欲しくなかった。ただ、それだけです」


 安堵していた心持ちを覆され、何が起こっているのか判断する間も無く、寝室の全てが光に包まれた。

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