第16話 決着の果てに

 パチリ、と唐突に意識が戻った。同時に激痛が体中に広がって息が詰まった。自然と動かした腕が自由に動いて視界を過ぎる。それが自分の、人の手である事を確認して、体が元に戻っている事に気付いた。


「うっ、ぐぐ……」


 体を起こすにも頭がグワングワンと揺れるように痛む。『契約』の力、高まった治癒能力の恩恵だろうか。アレだけのダメージにも関わらず五体満足だし、どうにか動く事も出来る。内臓に入ったはずのダメージも幾分楽になっている。


 丁度手に触った剣を杖代わりに立ち上がる。べっとりと血で穢れた剣は、間違いなく此処で白い獣と戦ったのだと主張する。


『王の寝室よ。そこにあの声の主がいるわ』


 突然彼女の声が頭の中に鮮明に響いた。何故?さっきまで私たちの意識は半ば混ざり合い、混濁していたと言うのに。


『坊やが一枚壁を取り去ったのよ。貴方は本当の契約に成功したの』


 獣に同調したのよ、と言われて背筋が凍った。あの黒い獣と私が同調した?私はあの黒い獣に成り果てたと言うのか?


『良いから城の奥を目指しなさいな!坊やはあの白い獣と対話したかったんでしょうが』


 お子、と呼んでいた私への呼び方が坊やに変わっていて、それでも私の中にあの女が、フルーストリが居る事を明確に感じる事が出来る。それは微かではあったが、間違いなく力強さでもあった。


 どれだけ力強さを感じようと痛みがなくなる事はなく、気合を入れて私は剣に縋るように確実に一歩を踏み出した。そこで右手の甲に見慣れない痣のような物がある事に気が付いた。


「……何だ、コレ」


 羽根をモチーフにしたようなそれは、まるで焼き付けたように手の甲から、手の平にまで一週するように刻まれていた。


「これが、契約の印?」


 いつだっかた読んだ書物の一説に思い至った。契約者に現れる文字通り印で、契約をした相手の力量によって印の大きさが変わって来るのだと言う。小さいものは指一本分。その次は手の円周。最も大きな印は腕に刻まれる。それはあの男の腕に刻まれていた刻印の強さを無言で示していた。


 そしてこの女……フルーストリの力はかなり大きいものだったと言う訳か。それを相手に私が契約を成し遂げられた。それは、ただあの白い獣への執着の力だったのではないか。そんな疑問が脳裏を過ぎるが今は兎に角、城の奥を、あの男の後を追わなければ。


 謁見の間をようやく抜けるかと言う頃、遠くで大勢の男たちの鬨の声を聞いた気がした。


 もしや、城を覆っていた魔法障壁が、あの男が傷付いた事で弱まったとでも言うのか?……待ってくれ。まだあの男と何の会話も出来ていない。今騎士団が介入すれば、彼と話す事が叶わなくなる。


 痛む足、ズクズクと熱を持つ腹の中を気合で押し込め、私は少しでも早くと長い廊下を進んだ。


 途中、磨かれた大理石の廊下に点々と尾を引く血痕に気付き、それが徐々に大きくなっていく事も伺えた。それだけ大きな打撃を与えられたと言う事だが、半ば無防備だった相手への奇襲は騎士道精神に反する。決して褒められた物ではない。己の中の獣のような闘争心に畏怖し、そしてそれを押さえ込まねばならぬと決意を新たにした。

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