第14話 獣の暴走
「ぁが、はっ……」
腹が熱い。火を灯した剣で貫かれた様な熱と痛みが腹を貫く。
大臣や分隊長、教会兵団の鉄仮面すらも、今目の前で起こっている事を理解出来ずに狼狽えている。恐怖におののいている。
力の暴走。【契約】の失敗。人と獣の相反する力が反発を起こしている。獣の力を人が制御出来ず、獣は人の理性を制御出来なかった。
【契約】は成されなかった!
腹に突き刺さった鍵が消え、開いた扉から真っ黒なハーピーの、フルーストリが姿を現す。腹に足を沈めたまま、彼女は私の体に翼の腕を回した。体中の皮膚や筋肉、組織の全てが流動し、彼女の体と私の体が融合する。
背にブツブツと何かが生えてくる感触がした。恐らく羽根だ。羽根は背中に集まって翼になった。ゾワゾワと羽根は首周りにも生えてきて、私は鳥獣に似た黒い獣になった。
するとどうだろう。私の意識とは別に体が動き始めた。これが【契約】に失敗した物の末路か。体を、精神を乗っ取られてしまう。
「城へ……奴を、討つ打つ撃つ伐つ鬱……」
勝手に声帯が震え、私は背の翼を羽ばたかせる。視界の移動速度に意識が付いていかなかった。
一つの羽ばたきで、私の体は教会の天井を突き破り、宙を踏んでいた。翼があるのだから飛べて当然か、と何処か暢気に納得しつつ、せめてもの抵抗を試みるが成果は出ない。
ぽっかりと穴の開いた教会の下で、大臣たち一同が酷く混乱しているようだったが、もうどうする事も出来ない。
次の羽ばたきで、体は一直線に城へと飛んだ。街が霞んで見えたかと思うと、次の瞬間には城の城壁が目の前に見えた。城壁の前に立ちはだかる障壁に、チリリと静電気で産毛が逆立つような感触がする。
「討つ打つ撃つ伐つ鬱鬱鬱……」
自分の口から発せられている言葉が嘘のようだ。腰に下げていた剣を手に構える。上段の構えから、一気に振り下ろす。
バキン、と金属が切れるような音を立てて、障壁の一部が割れた。
「打つ撃つ伐つ鬱鬱討つ!」
叫んだ私の体は、障壁の亀裂から内部に侵入した。
『何奴!』
耳の奥に男の声が響く。障壁を割られた事に気付いたのだろう。
「討つ打つ撃つ伐つ鬱!」
城壁を壊さなかったのは誉めたい。私の体は猛烈なスピードで城壁に沿って急降下を始めた。高所が苦手な者だったらこれだけで失神物の速度で急降下し、国王が祭りの時などに演説を行うバルコニーから場内に侵入を開始した。
バルコニーの窓を一刀両断し、その場にいた見張りの男たちを切り倒す。
「し、侵入者だ!」
致命傷ではない。男たちが叫んだ事で城中の賊たちに私の侵入が知れ渡った。
「討つ打つ撃つ伐つ鬱鬱鬱……!」
退け、貴様らを切りたくはない!利けるはずのない口を必死で動かす。私の目的は殺戮ではない!私は、話し合いに来たのだ!
こうなってしまえば半ば自棄だった。引き返す事も、こんな馬鹿げた【契約】を破棄したり、ましてや無かった事に出来る訳もないのだ。進むしかない。この衝動に任せて進むしかない。進んだ先の事は、進んだ先で考えるだけだ。
襲いかかってくる男たちを薙払い、床を蹴って飛ぶ。目的地が最初から分かっているように、私の体は飛んだ。そうだ、分かっている。奴の力を感じる。同じ【契約】の力を感じるのだ。
いくつもの角を曲がり、階段を上った先。豪奢な扉を切り捨て開けた先は、王の謁見の間だった。玉座に男が座っていた。燃えるような赤い毛並みの、虎の獣人。
「討つ打つ撃つ伐つ鬱討つ打つ撃つ伐つ鬱鬱鬱!」
「馬鹿め、飲まれおったか!」
空を蹴った体が猛スピードで男に突進し、剣を振り下ろす。それを受け止めたのは、男の腹に開いた扉から出て来た真っ白い獣の足だった。
「何故あと一日、待つ事が出来なかった。それで全てが終わったと言うのに」
何だって?明日で全てを終わらせると言うのか。この国に何をするつもりだったんだ。戦うために来た訳じゃない。話したいんだ、貴殿と!
「討つ打つ撃つ伐つ鬱鬱鬱……!」
「話にならぬか!」
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