第11話 策謀
教会兵団の一団を先頭に、我々の隊も集会場へ戻った。
「成果を出せず申し訳ない。私は大臣殿を説得してくるので、交渉隊は一時待機してくれ」
騎士団長殿の言葉に我々は集会場に割り当てられた講堂へ散って行った。
食糧確保と住民の避難、疎開の手伝いに騎士団は出払っていて、講堂の中はがらんどうだった。自分の溜息が虚しく響く。何をするでもない、ただぽっかりと空いてしまった時間に居たたまれず、私は帯刀していた剣をそのままに集会場の裏手に来た。
剣を抜いて、構える。上段から振り下ろし、中段に構えて突き、下段に構えて振り上げる。そこから上段の構えに流して再び振り下ろす。
毎日行っている剣の稽古を、ただ無心になる為に行う。体に染み着いた素振りの動きに集中する。頭の中がすっと落ち着いてくるから、日々の鍛錬も無駄ではなかった。
静かになった頭の中で、再び昨日からの事を思い返し、再生する。
火の民の男が現れ【契約】の力で城にいた我々を郊外に瞬間移動させ、代わりに男の仲間たちを城へと召還した。城を乗っ取った男たちは、何を要求するまでもなく現在に至るが、ただ頑なに城への干渉を拒み続けている。
……そうだ、彼らは誰の血も流さず、何も語らず、何の要求もして来ていないのだ。ただ時間を欲している。話し合いの場を持つと言うだけの、至極単純な目的の為に。
話し合いの相手は、国王と王妃か?それならば、あの広い城の中、大勢の関係者の中で唯一、お二人が城に捕らえられている理由になる。
直接国王と、王妃にのみ告げなければならない事があったと考えるべきか。私たちの知らない何かを、直接伝える為だけに、ここまで大規模な作戦を、【契約】の力を手にしてまで実行した。
何故彼の良心はそれを正義としたのだ。もっと手だてはあったはずだ。王への謁見は、事前の申し出さえ有れば国民全てに許可されている。収穫祭の頃には皆こぞって今年一年の成果を報告に行くものだ。
それすらも叶わなかったのか?だから力ずくで押し通ったのか?そんな事をして、それで叶えられた正義に何の価値があるのだ。
それは、本当に価値のある正義なのか?彼を正義とするなら、私の悪とは何だ。何も知ろうとしなかった、無知こそが私の罪か……。
ぶん、と振り下ろした切っ先が足下の土に刺さった。疲労と共に集中力が切れて剣先が乱れたのだ。ふうっと息を吐いて私は肩を落とした。乾期の刺すような風に汗が冷えていく。風邪を引かない内に体を流したい。剣を鞘に収め、大きく深呼吸をした。
「貴っ様、こんな所で何をやっとる!」
突然の叱咤に心臓が飛び出るかと思った。冷える汗とは別のものが背筋を凍らせた。振り返った先に居たのは、顔を真っ赤にした第三分隊長殿だった。
「申し訳ありません。団長から暇を頂いたもので、稽古をしておりました」
「そんな事はどうでもいい!さっさと私と来るんだ!」
え?と呟く間もないまま、分隊長殿は私の腕を掴みズンズンと小走りに歩を進め始めた。転ばないように慌てて歩を合わせ、私は状況説明を求めた。
「あの、分隊長殿っ何処へ行かれるのですか?団長殿の召集があったのですか?」
「そんな事はどうでもいいと言っているだろうが!貴様は黙って私の後に付いて来い」
言って分隊長殿は歩を緩める事なく強引に進み、集会場の横を抜け、街道を抜け、宿の前を足早に通り過ぎた、何処へ向かっているのか大凡の見当が付いた途端、私は凄く嫌な予感に囚われた。
案の定、集会場とは反対の街外れにある教会に連れて来られた。いつもなら始祖の竜神様への礼拝に赴く神聖な場所へ向かう道だと言うのに、その時感じたのは嫌悪と寒気だった。
教会の扉を開いた先で私たちを待っていたのは、死神を彷彿させる灰色の外套に、顔を覆う銀色の鉄仮面の一団だった。
「大臣殿!例の騎士を連れて参りました!」
その言葉を発したのが分隊長殿であると気付くのに、数秒を要したと思う。何を言っているんだこの人は。
「いいぞ、でかした」
鉄仮面の一団を割って出て来たのは、出来る事なら忘れてしまいたい高慢な大臣殿たちだった。
「これで一件が終わり次第、約束の地位を……」
「おお、おお、くれてやろう、くれてやろう」
何を言っているんだこの人たちは!
驚きに目を丸くし、動けないで居る私に無理矢理分隊長殿が肩を組んで耳打ちした。
「おい、貴様は選ばれたのだ。分かるか?大臣殿の指名で貴様は此処に来たのだ。いいか?貴様の返答は“はい”のみだ」
低く囁かれる言葉は、地の底から響く悪魔の声に間違いなかった。
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