第8話 正義とは

「あ、アルフ!何処行ってたんだよ!心配したんだぞ」

「すまない、ちょっと……その、運動に」


 心配した、と言う割りに、毛布に包まったまま動いた形跡の無い騎士仲間に苦笑し、私も毛布に包まった。

 目を閉じて口の中に残る葡萄ジュースの味を反芻しながら、警備分隊長殿と団長殿の声を思い返す。


『彼奴らの目的は本当に城の制圧だったんでしょうか』

『嘘を吐いたり、あんな事に加担する訳が無い』

『何か見落としている事』

『我々の知らぬ何かか国の中で起こっていた』

『あと二日』


 そして、先程見た死神の行進を思わせる教会兵団。


 いったい何がどうなっているんだろう。私の住んでいた平和な国はどうなってしまうんだろう。言い知れぬ不安に背後から腕を回されているようで、私はぎゅっと毛布に包まる。恐怖や不安が入り込まないように、毛布に隙間無く包まれるように。


 私たちが何をしたと言うのだ?平和に暮らしていたはずなのに。あの男の顔が、白い獣に姿を変えた男の姿が眼前に浮かぶ。



『オレの行いを謀反と言うならば、お前の正義とは何だ?』



 吼える獣の声が私を飲み込む。足元の地面が無くなって、私は男の牙に、その奥の深遠へと飲み込まれていく。


 彼が正義で、私が悪ならば、私の罪状は何だ?私が何をした?私は何もしていない!


 なにも、私は、何もしなかった。


 それが私の罪か?


 何も知らなかった。何もしなかった。


 この国の全てを知った気で、なにも知ろうとしなかった。


 私の知らない事が、この国で起こっている。私も、騎士団長すらも知らなかった何かが、この国では起こっていた。


 だから、だからあの男は自ら手を上げた。禁忌の力にまで手を出して、国を変えようと動いたのか?そう言う事なのか?


 再び獣の咆哮が聞こえる。おおんおおんと啼くその声は、無知な者たちへの叱咤のように響いた。



『貴様の正義とは何だ!』



「うおぉお!」


 いつの間にか夢を見ていた自分の悲鳴で飛び起きた。いいや、違う。私の声ではない。まだ、獣の啼く声がする。おおんおおんと、城から獣の啼く声がする!


「おい、何だよこの声……う、うう、怖い、怖いよぉ」


 膝を抱え、頭から毛布をかぶって縮こまってしまった仲間を余所目に、私は走り出していた。早朝の鋭い冷気に毛布を肩にかけたまま、集会場の外に出て城を臨んだ。


 城の上空に浮かぶ魔方陣が咆哮に共鳴して光を放っていた。鼓動のように城を揺らめかせ、それはさながら巨大な獣の脈動。余りの神々しさに言葉が出なかった。やがて光がゆっくりと引き、獣の咆哮が聞こえなくなるまで、私はただその場に立ち尽くしていた。


 何故、何故こうも神々しいものを目の当たりにして、あれに敵意を抱けと言うのだ。あんなに神聖な光だと言うのに、あれは私の平和な日常を壊していった。何故あれが悪なのだろうか。何故、私は悪なのだろうか。

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