第7話 酒場で密会

 宿の一階にある酒場とは別の、町の裏路地にある酒場へと騎士団長殿に案内された。裏路地などは単純に怖い場所と言う幼い頃からの概念があり、入った事はほとんどない。こんなところの酒場、騎士団長殿に連れ立って来なければ一生縁なく終わっただろう。


「主人、席を借りたい」

「おお?誰かと思えば団長殿。この一大事の中で一杯やろうってのは、流石の胆力ですなぁ」

「商売上がったりじゃあ申し訳なくてな」

「不良騎士だねぇ。昔っから変わらないよお前さんは」


 そんな掛け合いに、酒場の主人と団長殿が旧知の仲であると知る。あんな事件の後だ、広い酒場のホールはがらんどうで、店主が一人グラス磨きに精を出している有様だ。


「レッドエールを二つと、君はどうする、アルブレヒト君」

「あ、えぇと、葡萄ジュースでお願いします」

「酒は駄目なのかい?」

「いえ、一応この厳戒態勢ですので」

「真面目だな」


 笑った団長殿はいつもの厳格な騎士の顔ではなく、若者を相手にする何処にでもいる父親の顔をしていた。


 ちなみに我が国では十七で成人し、飲酒も解禁される。私は葡萄酒が好きだ。

 テーブルに揃ったグラスを手に、私たちは静かに一口目を喉に流し込んだ。


「ではアルブレヒト君、キミが気にしている事とは何だい?」

「……例の逆賊が、何を信念としてこの謀反を起こしたのか、私はそれが気になっています」

「現在の王政に不満を持っている反乱分子ではないのだと?」

「あの男は『この歪み切った国の制裁に来た』と言っていました。それがまず納得いきません。この国の何が歪んでいると言うのか、私には見当が付きません」

「男は火の民だったと言ったね?」

「はい。原種に近い獣の姿をしていました。赤い毛並みが美しくも逞しい青年でした」

「一次生産者で間違いなさそうだが、彼らの待遇に不満があると考えられないか?」

「それは有り得ないのではないでしょうか」


 この国は王政だが、商人や職人で造られている国でもある。水の民や火の民を第一生産者とし、彼らの作る材料や製品を国外へ売り、民が払う税で国が成り立っている。第一生産者への税は軽く、一部の民には国から資金援助がされている。第一生産者から材料を買い付け製品を作る職人への税も軽く、国外へ物を売りに行く商人にはしっかりとした税が課せられる。現に私の生家がそうだ。父は反物を国外へ売りに出す代わりに、その売上げの何割かを税として国に納めている。収支明細、金品のやり取りは細かく国へ申請している。


「私も一端の商家の出。国の厳重な税の取り立ては身に染みていますし、何より私は騎士団へ入って、城で働く会計士の数に驚いたのです。管理された税の仕組みに民の不満はないはずです」

「ふむ……」

「団長殿、自分からもひとつ」


 愛嬌のある髭にエールの泡を付けて、警備分隊長殿が片手を上げる。


「例の魔方陣が城に出た後、駆けつけた時に逆賊の一人と魔法の壁越しに話をしたんですがね、彼奴らの目的は本当に城の制圧だったんでしょうか」

「詳しく」

「はい。奴ら言ったんです『ただ会話の場を持つだけだ』とね」

「ブラフの可能性は?」

「無いと思います。彼奴ら全員顔を隠していましたがね……アレは私の知り合いです」

「何だって?」

「知り合いって程でもないと言うか、名前も住んでる所も知りゃしませんがね、アレは間違いなく反物運びの水の民です」


 反物運び、他にも全般を指して運搬役とも言うが、郊外に居を据える一次生産者の子供や若者たちが、家で出来た生産品を届けに街に来る。その人たちを運搬役と言う。


「自分の隊は、街の賑わって来る辺りからを担当してますんで、よくすれ違うんです。あの尖がった耳ヒレに青い石の耳飾をした若者を私は知っている。今時珍しいくらい誠実な子なんです。嘘を吐いたり、あんな事に加担する訳が無い……何か見落としている事が、自分たちにはあるんじゃないかって思いましてねぇ」


 そうでもなきゃ全部裏切られたみたいで、辛いんですよ……と、警備分隊長殿は俯いた。


「不確定要素、そして我々の知らぬ何かか国の中で起こっていたのだな……。警備分隊長、彼奴らは時間が欲しいと言ったんだな?その詳細は聞いたか?」

「二日あればいいと言ってました。それで全部終わると」


 全部終わる、と言う言葉に言い知れぬ恐怖を感じた。二日後にこの国が終わってしまうような、そんな不安。


「……王は、国王はご無事でしょうか」

「祈るしかあるまい」

「……」


 ジワリと重い空気が酒場の中を覆った。その沈黙が徐々に近付く足音に消されていった。その足音が、一分のズレも無く鳴る軍行の足音だと分かるまで時間はかからなかった。


「すまん主人、二階を借りたい!」

「いつもの部屋だ、さっさと隠れな」


 規律を破っている私たち三人は、素早く酒場二階の一室へ駆け込んだ。『いつもの』と言う事は、団長は案外不真面目な方なんだな、と何処か親しみを覚えた。二階の窓からは隊列を組んで一糸乱れぬ軍行をする一団が確認出来た。


「何処の兵団だ?」

「暗くてイマイチ分かりませんが、兜の後頭部に十字が見える気がしますね」

「教会兵団か……?」

「……恐らくは」


 白く濁る息を兜の隙間から長く伸ばし、一個小隊程の人数が閑散とした街道を行進して行く。灰色の外套が死神の群れを髣髴とさせ、背筋がぞっとした。


「そろそろ我々もお暇しよう。アルブレヒト君。明日、城への交渉隊に入ってくれないか」

「わ、私がですか?」

「君の勇気と観察眼が必要になりそうな気がする。私の勘は当たるんだ」

「し、承知致しました!」

「よし、では順に宿へ帰るとしよう」


 団長殿の一声で、一番手に私が酒場を後にした。警備分隊長に聞いた裏道を走って、誰にも見られる事無く集会場へ帰った。

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