第6話 抜け出した夜の下で

 宿から離れた集会場へと戻り、同じ分隊に所属する仲間から労いの言葉を貰いつつ、身に着けていた装備などを外し、与えられた毛布に包まった。


 そして会議の中、詳細を話した襲撃当時をもう一度思い返していた。しっかり覚えていたのだが、大臣達の異様な雰囲気に押され男の発言の詳細までは省いてしまった。


 あの男の発した、一字一句を思い返す。その言葉に込められた意味が何であるのか。あの男は悪だとする考えの何処かで、違和感を感じてならなかった。謀反者の戯言に耳を貸すのか、と大臣殿一同に非難の声を浴びせられかねない考えだった。しかし、その違和感は拭いようがなく、ただ私はあの男の言葉を何度も反芻していた。


"この国にもいまだ勇気ある者が居るようだ。"

"もう少し世界を知るが良い"


 世界を知る、と言うのは一体どう言う事だろうか。私が何も知らないと、世間知らずだとでも言うのだろうか。


 いや、一概に世の中を知っているなどとは言えないのだろう。なにせ幼い頃から騎士団へ憧れ、剣術と学問にのめり込んで来たのだ。今時分、同い年の彼らが何に興味を持ち、どんな生活を送っているのかすら私は知らなかった。そして私はまだ十七。騎士団の分隊長殿やご家老達に比べたら、今だひよっこである事に間違いはない。世間知らずと言われても、確かに反論は出来ない。


"オレの行いを謀反と言うならば、お前の正義とは何だ?"


 私の、正義。では、あの男の正義とは一体何なのだろうか。


 このまま眠ってしまう訳には行かなかった。時計の針は頂点からやや右に傾こうと言う夜半過ぎ。無礼である事は重々承知だが、私は毛布から抜け出した。


 用心のため、と言うよりも半ば無意識で各種の装備を身につけ、騎士団のコートを纏い私は規律を破り集会場を出た。


 外へ出ると息が白く濁り、頬を撫でる風は微かに尖っていた。団長殿、そして警備分隊長殿の休む宿へと足早に歩を進めると、途中の橋で見覚えのあるコート姿の人物を見つけた。


「警備分隊長殿!」

「おや」


 愛嬌を取り戻した口ひげをくるりと指先でカールさせ、警備分隊長殿はいけない子だね、と駆け寄る私に向けて半ば冗談交じりに言った。


「各自ゆっくりと休息を取るようにと命令が出ていたはずだが、その命令を破ってどうしたのだね?」

「その後の罰はお受け致します。今日の襲撃に関して、どうしてもお話をしたいと伺いました。私、白銀騎士団・第三分隊所属の者にあります」

「おお」


 ぽんと手を打つ分隊長殿は、じっくりと私の顔を眺め、やがて苦笑と共に言った。


「現場に居合わせたと言う君だね。自分に何の用かね?」


 警備分隊長殿はコートの内ポケットから煙草を取り出し、一服くゆらせ始めた。その一口目の紫煙がゆっくりと夜気に消える頃、お聞きしたい事がと私は切り出した。


「城に赴かれたとの事、詳しくお聞かせ願えませんか?」

「何、あの会合で話した通りだよ」

「その状況や、城で話をしたと言う逆賊の一人の様子など、詳しくお聞かせ頂きたいのです」


 私は一歩歩み寄り、真剣に問うた。


「そんな事を聞いてどうするのだね?」

「お聞きするまでは何の確信も得られませんが、不可思議な点が思い当たりまして」

「……なるほど。その場に居合わせながら無事に生還し、しかしあの襲撃が全てではないと。そう言うのだね」

「はい」


 愛嬌のある分隊長殿の顔から、すっと軽さが無くなった。


「ここでは冷えるだろう。場所を変えようか」


 分隊長殿がそう視線を伏せた次の瞬間、


「面白そうな密談ですね」


警備分隊長殿の顔の横にぬっと出て来たのは騎士団長殿の顔だった。


「どぅわぁ!?」

「ぎょわぁぁ!」


 不意打ちを食らって驚く私達を他所に、にっこりと笑った騎士団長殿は、良かったら私も混ぜてくれないかい?と申し出た。


 規律を破って抜け出していた者が二人、騎士団長殿を前にその申し出を断る訳にはいかなかった。


「場所は移しましょう。大丈夫、私も今晩は違反者ですから」

「は、はい」

「まったく…団長殿も人が悪い。寿命が縮むってはこう言う事だ」


 ぽそりと警備分隊長殿が呟いた。確かにまったく、その通りだと内心賛同した。

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