第5話 会議の場で

 その夜、騎士団長以下家臣たちが休息を取る宿へと赴いた。今後の方針を決める会議に、現場の証言者として呼ばれたのだ。


「あの場に居合わせた君の意見が欲しい」

「尽力を尽くしま……ッ」

「へぇへぇへ。うちの下っ端のひよっコ団員めが、何とお力になれますか」


 温かい言葉で出迎えてくれた騎士団長殿の横からひょいと顔を出して、私の言葉の出切らないうちに頭を無理やり下げさせたのは、第三分隊長殿だった。


「団長殿の前で頭が高いぞ、しっかり頭を下げろ」


 ぐりぐりと頭を押さえ付けられ、私は体を二つ折りにする勢いで頭を下げさせられた。その耳元に、第三分隊長殿の囁く声が届く。


「お前はその場に居合わせながら、男の暴挙を止められなかった責任を果たす義務ってもんがあるよなぁ?」


 この役立たずが、と吐き捨てられた。カッと頭に血が上るのが分かったが、直後に団長殿が第三分隊長殿を諌めた。


「そのくらいにしておけ。詳しい話はこれから聞くのですから」

「へえ、へぇへ。そうですね、確かにそうだ。これからの緊急議会に証人として参加してもらうんでしたね」


 やっとの事で退かされた分隊長殿の手の下で、髪はくしゃくしゃになってしまい、緊急議会に出席するどころの頭ではなくなっていた。晴れた日の淡い空色に、白のメッシュが入った私の髪は、柔らかで癖がつき易い。くしゃくしゃの頭を何とかそれなりに直し、宿の一室で執り行われた緊急議会へと出席した。


 その場に参加していたのは白銀騎士団の団長殿を筆頭に、第三分隊長殿や城下町の警護に当たっていた騎士団の警備分隊の隊長殿。我々に遅れる事数時間後、森から無事帰還した白銀騎士団第二分隊長殿、そして国王に仕える家臣や大臣達。十数名がそれでも精一杯の大部屋に所狭しと鎮座した。


「王はご無事でいらっしゃられるだろうか……」


 騎士団長の悲痛な面持ちに、その場の空気に冷たい物が走った。しかし気丈にも顔を上げられた団長殿の一言で、私にその場の全員の視線が注がれた。


「君、その場で起こった事をもう一度詳しく話してくれるかね?」

「はい」


 そして私は、事の一部始終の詳細を話した。


「あの男は、国の制裁に来たと言っていました。その制裁と言うのが、何の制裁であるのか。それによっては国王の身が危険だと思います」

「その件についてですが」


 私の話の区切りを狙って、警備分隊長殿が話を繋げた。愛嬌のある口ひげが今は何となく情けなく見える、しかし真面目そうな風貌をした中年の騎士だった。


「我々が城に突入を試みた際に、一味の一人が無駄な抵抗はするな、と申しておりまして……」

「そんなのはこう言う野蛮な輩どもの決り文句だ!気にする必要も無い!」


 何か物言いたげな警備分隊長殿を差し置いて、口を挟んだのは家臣の一人だった。でっぷりとした腹に、広い額は脂でテカテカしていた。


「兎も角その中心人物の男の身元は?相手の目的と要求は?」

「それは……何も、分かっていません」


 申し訳なさそうに閉口する警備分隊長殿を、太った家臣は役立たずがと一蹴した。


「落ち着いて下さい、大臣殿」


 冷静にその場を収めたのはやはり騎士団長殿だった。


「現状、あの者達からの通達が無い状態では、我々は身動きが取れません。下手に相手を刺激する事は得策ではありません」

「ではどうすると言うのだね!」

「早くあの城を取り戻さねばならないのだよ!」

「そのための会議だろう、お前さん達少しは落ち着いたらどうだね」


 ちょっとの衝撃で烈火の如く燃え上がらんとする家臣大臣達を、今度は白銀騎士団第二分隊長殿が諌めた。騎士団長よりもずっと高齢で、多くの騎士を育成して来た御家老でもある隊長殿だ。


 こほん、と騎士団長殿が場の雰囲気を改めさせ、口を開いた。


「相手が何の目的でこれ程までの襲撃を行ったか、それを知る為に伝令の者を送りたい」


 その言葉に、部屋の空気が一瞬にして凍りついた。


 城に直接出向き相手との交渉を行う。それはつまり、自らの身を危険に晒し相手の動向を窺うと言う事に他ならない。篭城する相手に対し交渉を行うと言うのは、いつ何時相手に攻撃をされるか分からない、危険と背中合わせの選択だ。


「危険すぎます、騎士団長殿!我々騎士団の中に、卓越した交渉術を心得ている者は居りませんでしょう」

「誰も、部下を危険に晒すとは言っていませんよ。警備隊長殿。交渉には私が行きましょう」


 その言葉に、今度は大臣・家臣一同が非難の声を上げた。貴様に万が一の事が合ったら誰が自分達を守るのだ、と。身勝手な話だ。彼らは自分の身の安全しか考えていないのだろうか。


「もちろん、私もみすみすやられに行く訳には参りません。私から任意の者を指名し、護衛の者を何名か付けさせて頂きます。それで異論はありませんでしょうか?」


 誰にとっても苦渋の決断である事に変わりなかったが、異論を唱える者はいなかった。


「では明朝、私から任意の者を数名指名し、遅くとも昼の頃には城へと向かいましょう。以上をもって会議を終了させて頂きますが、何か他にある者は?」


 皆がその言葉にふうっと肩の力を抜き、ピンと張っていた部屋の空気は何処か和らいだ。


「では、会議を終了とします。各々、今日の疲れを取るべくゆっくり休んで欲しい」


 騎士団長の閉めの言葉を、あたかも鬨の声の如く、大臣達はワッと部屋を後にした。すぐの廊下で酒だ酒だと叫ぶ声が聞こえた。何だかどっと疲れが増した。

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