第2話 日常の終わり
私が白銀騎士団に配属されて二年余りの月日が過ぎ、私が十七になった年のある日。乾季に入った街の空気は、雨季のそれと比べてほんの少しひんやりと軽かった。昼も程ほどに過ぎ、太陽はてっぺんから少しだけ傾き始めていた時刻。
私が一般開放されている城内を巡回している時だった。一人の火の民の男が奥へ続く門に近付い行った。赤い毛並み、黒に近い茶で縞が入った、猛獣の虎のような姿をしてる原種に近い獣人。何故かその男に殺気に似た何かを、違和感のようなモノを感じて注視した。
「王に謁見したい」
男は門番へそう申し出た。もちろん門番はそれを拒否した。
「事前に許可を得ている者で無ければ、此処を通す訳には行かない。許可証を持っているなら提示しなさい」
すると男は地の底から響くような低い声で言い放った。その時男に感じた違和感が、強大過ぎる程の魔力であった事に気が付いた。
「ならば、力ずくで押し通るまで!」
次の瞬間、男の体に巨大な魔法陣の扉が出現し、男の右腕が鍵に変化して扉を開けた。魔力の波が押し寄せ、身も凍るような低い低い獣の咆哮があたり一帯に響き渡った。男の腹に開いた扉から出て来たのは、白銀に輝く体毛と、その背に翼を持つ獣だった。
「契約者か!」
持てる知識を総動員して思い当たったのは、魔道の勉強時に読み知った、禁忌とされる【契約】の一節。獣と【契約】を交わし、その力を己の体内に封じ込める。その解放に必要となるのが【契約】の証たる【鍵】。体の一部を鍵に変え、力を解放する禁忌の業。
【契約】を行った者は計り知れない力と魔力を授かる。しかし、一度その力を解放すれば、何時その肉体や精神までも乗っ取られるか知れない危険性を秘めた、正に禁断の力。それを私は今目の前にしている!
男は召喚した白銀の獣と融合し、特一級危険猛獣を思わせる凶悪で、しかし神々しい姿へと変化していった。長く尖った耳は周囲を窺うように横に広がり、首元を覆う鬣は背へと伸び、白い翼を広げたその姿は正に絵本の中で見た神に仕える審判の聖獣のようだった。
「王よ!オレの声が聞こえるか?この歪み切った国の制裁に来たぞ!さあ観念しろ!」
「門を閉めろ!男を押さえろ!逆賊だ!」
とっさに叫んでいた。一介の騎士の声に何らかの効力があっただろうか。城内を緊張が走り、騎士団員が一斉に門の周囲に集まり、陣形を組んだ。
が、陣形を組んだは良いものの、獣へと変身した男の姿に唖然とする者、男の強い魔力に中てられて昏倒する者などが多数居て、これでは騎士団の名折れだ。
「魔道騎士団!守りの方陣を展開させろ!あの男には捕縛方陣だ!白銀騎士団!剣を持ち、方陣完成までの時間を稼げ!」
統率の取れていない騎士団へと渇を入れ、私は腰に下げた二振りの小剣を両手に取って男に切りかかった。
「なるほど、この国にもいまだ勇気ある者が居るようだ」
「何を言うか!逆賊め!」
振上げた左の剣の一撃をその長い爪で受け払われ、右から繰り出した横の剣戟に身を引いて避けながら、男は言った。
「オレの行いを謀反と言うならば、お前の正義とは何だ?」
「戯言を!国王に仕える身、国王に仇なす者は私が切り捨てる!」
そう答えた私に、男は苦笑とも付かない不思議な表情で笑った。
「ガッハハハ!お前のような真っ直ぐな男は面白い!だが、もう少し世界を知るが良い!」
その笑い声と同時に、男の周りに捕縛方陣が形成された。これで男の動きは封じられる。はずだった。
「観念しろ!」
「この程度の魔力を持ってして王家直属の騎士団とは、片腹痛いわ!」
「何だと?」
ハァッ!と男が渇を入れると、方陣はバリンと音を立てて弾け飛んだ。逆流した魔力が術者たちを襲い、魔道騎士団の一個隊が膝を折った。
「何て力だ!」
「残念だがこれで終いだ!」
バッと広げられた男の手と翼の先に、巨大な魔法陣が浮かび上がり、それはあっと言う間に城全体を覆い尽くし、騎士団員、門番や家臣たちの体に一つ一つ浮かび上がった。
「消えてしまえ!」
体に表れた魔法陣が赤く発光すると同時に、私の視界はぐにゃりと曲がり、回り、体を絞られるような圧迫感に意識を手放した。
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