第13話

 その女子高生を見て、この女に俺の苦痛を受け止めてさせることに決めた。近くにいるのがこの女子高生しかいないのだから仕方がなかったのだが、たまたま出会った女子高生が背中から放つ、若さゆえの放漫さや、学生という社会の中での身軽な立場に激しく嫉妬したこともターゲットに決めた要因であった。


 俺は立ち上がってホームに誰もいないことを確認してから女子高生に近付いて行った。線路に突き落とそうなんてことまでは考えなかったが、軽くケツでも触って抱き付くくらいで許しておいてやろうと思った。近づく俺に女子高生は全く気付かない。今のうちにさっと済ましてダッシュで逃げようと思った。


 女子高生の斜め後ろに立って右手でスカートに触ろうとしたその時、女子高生が俺に気付いた。至近距離で俺の姿を見た女子高生は俺の悪意に気付いたのか、顔を歪ませて、いやっ!、と体を捩って持っていた革鞄で強く腰の辺りを殴りつけてきた。その時、俺と女子高生は同時にあっ!、と声を上げた。


 俺は殴られた衝撃で、女子高生は鞄を振り回した勢いで体勢が崩れたことが原因でホームから落ちて一緒に線路に倒れ込んだ。


 線路に落ちたときのドンッ、という音の後に襲ってきた全身の痛みに悶えた。衝撃と痛みで自分の身に起こったことに気付いたとき、駅に電車が近づいていることを知らせる警報音が聞こえた。ビリビリと痛みの走る体を起こして、何とか立ち上がりホームの下へ逃げ込もうとしたが、右足首は捻挫をしたようで、痛くて立ち上がることができなかった。左手首は折れているのか、動かすことができず感覚もあまりなかった。


 ホームには数分前と同じように誰もいなかったので、助けを求めようとしても無駄だった。一緒に落ちた女子高生は、落とした鞄を先にホームへ投げてから線路からホームへよじ登ろうとしていた。


 「先に上がって、助けを呼んできてくれ!頼む!」


 俺は女子高生に向かって叫んだ。


 俺の声に女子高生は返事をしなかった。何とかホームに上半身を乗せて、もがきながら片足ずつホームへ乗せて器用に体を線路から引き上げた。登り切った女子高生は顔だけ向けて俺をチラリと見ると鞄を持って出口の方へ駆け出した。俺は翻るスカートと細い足を見ながら絶望を感じた。


 たとえホームに上がることができなくても、避難場所であるホームの下に逃げ込めば何とか助かるだろうと思ったが、左手と右足が不自由だと、体をうまく動かすことができなかった。更に痛みがひどくて這うことすら困難な状況だった。その間にも変わらず警報音は鳴り響いている。そして俺は遠くから大きな何かが近づいてくる音と振動を感じた。その振動は確実にレールを通して体に伝わって、やがて恐怖へと変わった。


 体を起こしてホームの下まで這わなければ! 


 俺の不安や不満を誰かにぶつけなければ!


 幸せそうな奴らを潰してやらねば!


 俺を安心させるくらいのどん底に突き落としてやらねば!



 振動が強くなってきた。


 俺は体を少しずつホームの方へずらしていく。生きるために。

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