第11話
ベッドで仰向けになりながら大きく息を吐いた。その時再び、鞄の中でスマートフォンが単調な音を出して俺を呼び始めた。電話になど出たくない気分だったが、今出ておかなければ、一生この音に追い回されそうな気がしたので仕方なく鞄のある所まで這うようにしてスマートフォンを取りに行った。鞄からスマートフォンを取り出して画面を見てみると、母親からの着信だった。
「もしもし・・」
「やっと出た。何回電話かけさせる気なの?あんたは一日中暇なんだからさっさと出なさいよ」
「要件は何?」
「仕事のことよ。いつになったら仕事決まるの?本当に就活してるの?」
「してるよ。今日も職探ししてきたし・・」
「紗世の結婚式の話しもしたわよね?披露宴が近いんだから、それまでには仕事始めておきなさいよ。紗世、あんたのことで困ってたよ。実の兄がいい歳をして無職だなんて紗世が恥をかくじゃない。ただでさえ、親戚から白い目で見られているんだから」
「努力はしてるけど、結果がなかなか出ないんだ。そう急かさないでくれよ」
「ほんとにさぁ、毎回同じようなことばかり言う割りに全然仕事が見つからないんだもの、いい加減急かしたくもなるでしょ?」
親から電話が来た場合、大体いつも同じようなやり取りになる。そしていつも同じことしか言えなくなる。
「急かされたところでどうにもならないんだよ」
「だから黙っておけと言うの?肩身の狭い思いをしているのはあんただけじゃないんだからね。親孝行しろなんて言わないから、せめて定職について安心させてよ。いい歳した男が無職だなんて世間がどういう目で見てくるか分かってるの?」
「そんなの、俺が一番分かっているに決まってるだろ!」
「じゃあ、仕事を選んでいる立場じゃないってこともわかってるのよね?選ばなければすぐに見つかるってことも分かってるわよね?グズグズしてないであんたを選んでくれる会社に飛び込みなさ」
耐えきれなくなった俺は通話ボタンを再び押して電話を切った。
そして思った。俺の親はもう死んだのだと。優しく、俺のことを守ってくれていた親はもうこの世にはいないのだと思って生きていこうと決めた。直接の関係はないが、実の兄を恥だと思うような妹もいらなかった。
親兄弟という、どちらかが死ぬまで絶対的な味方でいてくれる存在に見放され、世界で本当に一人ぼっちになってしまったのだと考えると、頭の上から胴に向かってすうっと冷たい何かが通り抜けるような感じがした。しかし心のどこかで今まで背負い込んでいた大きな何かを手放せた気がして嬉しくもあった。
複雑な心の動きと明日からの生活を考えると鳩尾の辺りが痛んだ。心と体が上手く噛み合わない不安定な感じが、黒い塊を呼び起こすスイッチを入れる予感がした。
伸び放題に伸びた髪の毛を掻き毟って、今の嫌な気分から逃れようとスマートフォンを床に滑らせるように遠くへ投げて、俺はベッドに寝ころんだ。クロが不思議そうな顔をしてこちらを見ている。生まれ変わったらネコにでもなりたいと切に願った。もう人間なんてウンザリだった。
これから先、俺どうしよう・・・。今更な悩みだが、今までよりずっと深刻になってきた。
ああ・・
あああ・・・
ああああ・・・・・・
ため息の中に声が混じって、まるで亡者のようにうつ伏せて小さな叫び声を上げ続けた。喉が疲れて声が出なくなった時に、いろいろと自分はもう人として終わりなのだと思った。
しかし終わりであったとしても、本当に終わってしまう最期の日までのことを考えなければならないと思ったが、明日のことすら頭には何も浮かんでこなかった。俺はまた掠れた声で小さく唸った。
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