第10話
どこにいても一人ぼっちな俺と、守ってくれるべき存在と一緒にいながらも相手にされない男児の淋しさとならどちらが辛いのだろう。俺は抱えきれない不安や不満を誰かにぶつけるという、一時的なものではあるがストレスを発散する術を持っているが男児はただひたすら放置され、涙の理由すら尋ねてくれる人のいない小さな世界で涙を流しながら生きている。しかも親という絶対的な存在に支配されながら。
悪いことをしたな・・と思った。不幸の種類が違うだけで、男児も子供ながらに重荷を背負って生きていたのだ。
親子のちょっとした嫌な場面を見ただけで、ここまで子どもの気持ちを想像しまうなんて我ながらどうかしているが、ここまで俺が深く考え込んでしまうのは目の奥に残った男児の母の姿がこの世の理不尽や冷ややかさの権化のように思えてならなかったからだ。いっそあの母親の顔にタバコの火を押し付けてやればよかった。
吸っていたタバコを道路へ叩きつけるように捨てて家に向かって歩いた。時折強く吹き付ける春の暖かな風は何の慰めにもならなかった。
自分の部屋へと続くアパートの階段をダラダラ登っていると、鞄の中でスマートフォンが鳴り出した。電話にすぐ出る気力がなかったので自分の部屋に着くまで鞄の中で鳴らせておいた。
部屋の鍵を開け、いつものように玄関にやって来るクロの首根っこを掴んで部屋の方に向かって軽く放り投げると音も立てずに、すたっと着地をした。俺は鞄を部屋の隅に置いてベッドに寝ころんだ。
さっきの母親の顔が頭から離れない。向こうは俺に気付いていないし、俺もはっきりと母親の顔を見たわけでもないが、愛しい我が子に対して、義務的に仕事をこなしているような態度で接していた姿が他人である俺をひどく傷つけた。
この世に人間という生き物は必要なのだろうか。人類の進化など無くても良かった気がした。進化などせず、原始的な姿のままであった方が人は今ほど悩んだり、人として大事なものを失ったりすることはなかったと思う。
悩んでも仕方のないことをまた悩み始めた。きっと時間が有り余っているせいだろう。忙しければ悩んだり傷ついたりする時間もないはずだ。今の生活環境が俺を弱らせている気がする。早くこの生活から抜け出さねば・・。
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