第8話

 今日は期待をしてここに来たわけではなかったが、期待を裏切られたショックは意外と大きかった。何も得られなかったまま、またあの部屋に帰るのかと思うと、また涙が流れ落ちそうになった。目に溢れた涙がなんとかこぼれ落ちないように顔を少し上に向けて鼻を啜った。


 情けない顔を見られないように早くこの場から離れたくて、外に出ようと玄関に向かった。その途中でいろいろなチラシやパンフレットが並んだラックが目についた。職業訓練や講演会の情報を伝える無機質な感じのするチラシを押し退けるように明るくカラフルに印刷された女性限定のハローワークの情報や母親の就職を支援する相談室のことを大々的にPRしているチラシを見てカッとなった。


 いつでも、どんな状況でも優先されて大事にされるのは女と子どもと障害を持つ人間だけだ。俺だって困っているし、社会的弱者なのにどうして誰も守ってはくれないのだろう?


 俺だって辛いのにどうして誰も気づいてくれないのだろう? 


 日本には一億人以上もの人間がいるはずなのに、なぜ一人ぼっちで孤独を抱えて生きなくてはならないのか?


 どうして誰も俺を必要としてくれないのか?


 どうしようもない疑問や不満が次々湧き出して、体中の穴という穴から吹き出しそうだった。


 薄暗かった施設から春の眩し過ぎる日差しの中に出た俺は道路に落ちている桜の花びらをわざと踏み潰しながら歩き、煙草に火をつけた。煙を胸いっぱいに吸い込んで叫び出したい衝動を抑えた。いつもなら電車に乗って最寄り駅まで帰るところだが、今日は無心で歩いて帰りたい気分だった。


 暖かいキラキラとした日差しの中にいるはずなのに、俺の視界に入る景色は色を失い、全てが灰色に見えた。景色も人も輪郭だけがあるだけで、後は大小大きさの違うデコボコした動く張りぼてにしか見えなかった。


 張りぼての世界で一人ぼっちの俺は社会全体から拒否されたような気分になっていた。歩く張りぼてどもは会社や学校で自分という存在を認識してもらいながら保護されている。俺だって働いているときはそうだった。それなのに仕事を辞めたとたんに別世界に放り出されたような心細さを抱えて生きていくことを強いられている。仕事を辞めたぐらいでこんなことになるなんて・・。


 だからと言って、ボヤいてばかりいるわけではない。早く職を見つけて社会の一部になれるための努力をしている。俺は一人で闘っているのだ。援護のない状態で孤独に世間と闘っているのに、一向に認めてはもらえない。これ以上どうすればいいのか・・・。



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