第2話

 ガラゴロガラゴロ。

「ふぅ」

 大きなトランクを転がしながら、私は疲れた体をなんとか動かす。もう少ししたら、愛しの我が家だ。帰宅したら、早速、奮発したいいお酒を空けて、一人酒盛りをしよう。すぐに機嫌が急上昇し、唇を吊り上げる。今回のプチ旅行では、思いの外、色々と楽しく過ごせたのだ。まぁ、明後日からまた仕事なので、今日が羽目を外せる最終日なのだ。

 ひらり。

 赤いものが上から降ってきて、私は思わず上を見上げた。そこには見事に色づいた紅葉の木があり、私は嬉しくなる。

「綺麗ねぇ」

 こんな街中でも紅葉が見られるのだから、運がいい。うん、明後日からまた仕事に精を出せそう! 

 私は先を進もうと再びトランクを押し始め、前方に誰かがいることに気づいた。

 短く刈り揃えられた黒髪に、鷹のように鋭い眼光。唇は薄く、鼻は高い。顔の造作はとても整っているのに、纏う雰囲気が威圧的で、迫力があった。身長も高く、私とは頭一つ半ぐらいにも違う。もしや、二メートルを越しているのではなかろうか。

 細身でスーツを着ているが、それが似合いすぎてて、ともすれば暴力団関係者と間違えてしまいそうだ。

 なんとなく、その男性の隣を通りすぎるのはやだなぁ、と感じつつも通せんぼをされているわけではないのだからと、自分を納得させる。男性の手前まで来て、さっさと通り過ぎようと歩調を速めると。

「すみません。失礼ですが、緋川美映(ひかわみえ)さんですか?」

「へ?」

 私は男性をまじまじと見上げた。断じて知り合いではない。こんな物騒そうな知り合いなら、一目でわかるだろう。だが、私には男にまったく見覚えがない。

「誰ですか? なんで私の名前知ってるんです?」

「あ、すみません。唐突すぎましたね。自分は、こういうものです」

 男が胸ポケットから取り出したのは、警察手帳だった。

 岩倉正広。

 それが男の名前らしい。

「実は、少々あなたにお話を伺いたくて。すみませんが、お時間を頂けませんか?」

「イヤです」

 私はにっこりと笑みを浮かべながら、躊躇なく断る。

「いいんですか、断って? ここで断ると、今後貴女の立場が悪くなると思いますが」

「脅しですか? へぇ、最近の警察は一般市民に話を聞くためだけに脅しをかけるような人間を雇うようになってるんですか。世紀末も近いかもしれませんね!」

「あなたねぇ・・・」

「そもそも、警官さん。見てわかりません? 私、旅行から帰ってきたばかりなんです。今から帰宅しようと思った時に、まったく見知らぬ赤の他人から声掛けられて、帰宅を邪魔されたら、腹立てるの当たり前だと思いません? 一昨日来やがれって、私が思うのも仕方ないと思うんですが」

 うわぁ。自分の口から嫌みがこれでもかと出てくる。やっぱり、プチ旅行だけじゃ、まだ足りなかったらしい。

「・・・・・・・・・そうですね。確かに、唐突すぎました。では、いつなら話を伺えますか?」

「いや、すいません。私、明後日から仕事なので明日は一日ゆっくりする気なんです。お話しするのは別の方にお願いします」

 にべもなく再度断ると、警官は腕を組み、私を鋭く睨んだ。

「話を聞く気はないということですか。ですが、断り続けてると、本当に容疑者として署に連れていかざるをえなくなるんですが」

「は?」

「貴女には殺人容疑がかかってるんです」

「えぇ? なにそれ。ガセですよ、それ」

 私は確かに変人奇人と言われることが多いが、犯罪を犯したことはない。

「えぇ。ですから、その話がガセ、嘘だと証明してもらいたいのです。他ならぬ、貴女自身の口からね」

「面倒くさ!」

 なに、この面倒なの。私に殺人容疑がかかってる? 話が聞きたい? 半分以上強制じゃん、これ。

「本当に今日は疲れてるんで明日にしてください」

「では、明日のいつ頃なら構いませんか?」

 私は渋々、男と明日会う約束をして、ようやく自分の家に帰れたのだった。

 ちなみに、荷物は途中まで男が押してくれた。そこだけは感謝してもいいかな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る