第1話 その4
飲食店であれば当然酒類を出すし、余り品がいいとは言い難い、それどころか合法性すら疑わしい商品や行為を提供するところもある。
そのため未成年者の姿は少なく、もし通りを歩いていればすべからく人目を引く。
「あら、あの子」
「どうした」
和泉は思わず顔をしかめた。知人と酒食を共にしたあと、外に出てほどなくのことである。
「うちのクラスの生徒だわ。こんな時間にこんな所で……何考えてるのかしら」
元より今は全くの業務時間外だが、たとえ学校と関わりがなかろうと、生徒が問題を起こせば教師も否応なく対応を迫られる。
「どうでもいいだろ。見なかったことにしとけよ」
工藤は和泉の腰を抱き寄せた。工藤にとってはまさしくどうでもいい事柄だった。どこの誰とも知らないガキのせいで、このあとの楽しみを邪魔されたくはない。
「他の生徒ならまだよかったんだけどね」
和泉は嘆息した。教師になってまだわずか一ヶ月程度だが、三澤には既にもう何度も面倒を掛けさせられている。
今日もそうだ。注意をしても話を聞こうとさえしなかった。
しかもなお悪いことに、廊下での一部始終を学年主任が目撃しており、指導がなっていないとあとで和泉の方が説教を受ける破目になった。
生徒の個人的な事情に干渉するのは不本意だ。けれどこのまま放置していては、いずれもっと重大な結果を招くのではないか。この機会に思い切った対応を取るのが今後のためだろう。
和泉は自分の考えを工藤に伝えた。しかし工藤は渋面を作った。
「本当に大丈夫か? ガキっていっても中等だろ。変なちょっかい出してやり返されたらお前の方がやばくないか」
「上手くやるわよ。あんたは少し離れてて。無駄に警戒されたくないから」
和泉は三澤のあとについていった。適当な頃合いを見計らい、足を速めて少年の肩に手を掛ける。
「三澤君」
そのまま手近な路地の陰へと押していく。必要以上に大事にしないためにも、無関係の通りすがりの目は避けたいところだ。
三澤はかなり混乱している様子だった。まさか今ここに担任教師が現れて自分を捕まえるとは夢にも思っていなかったに違いない。
「子供のくせに夜遊びなんてどういうつもりなの。いい加減にしなさい」
「なんだよ、関係ないだろ」
和泉が強い調子で叱責すると、かえって状況が把握できたらしく、いつものような反抗的な態度に変わった。
和泉の手を避けて逃げようとするが、ここで行かせてしまっては失敗だ。
三澤の襟元をしっかりと握り締め、顔を近寄せて言い募る。
「あなたもっと自分の身を弁えなさい。学校だっていつまでも甘い顔してると思ったら大間違いですからね」
「うるさい! 学校のことなんか知るか!」
「ちょっと、何をするの!? やめなさい、離して、駄目、やめてっ!」
和泉は強く身を捩りながら叫んだ。助けを求める声は、路地の手前で待っていた工藤にまで伝わった。
急ぎ二人のいる方へと走り込む。
壁を背にした和泉が、少年に覆い被されるような格好で腰を落としている。性的暴行の寸前、あるいはまさにその始まりといった場面だ。
「こらお前、何をやってる! 警察を呼ぶぞ!」
工藤は足音も荒く近付いた。和泉と縺れ合っていた少年は狼狽をあらわにして身を引き剥がし、踵を返す。
「待て!」
引き止める間もなく、一目散に夜の路地の奥に駆け去っていく。
工藤は追い掛ける格好だけしてやめた。路上に唾を吐いてから、和泉の方を振り向く。
「大丈夫か?」
「……ええ。なんともないわ」
和泉は乱れた服装を整えた。多少息を切らしているものの、言葉通り怪我などはしてない。だがこれは明らかに冗談で済む範囲を越えていた。
「どうする。やっぱり通報するか」
工藤の問いに、和泉は少し考える素振りをしてから頷いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます