第1話 その3
自分は別に悪くない、と思う。
それは鈴蘭だって普通の女の子だから、いつでも清く正しく美しくなんてことはない。
むかついたり、いじけたりもするし、それにたまには──本当にたまにだけど──エッチなことを考えることだってある。
でも少なくとも、クラスの男子に立て続けに変な格好を見られたのは自分の罪のゆえではないはずだ。
「スズ、しょうゆ」
「……はあ」
下に短パンとかをはいていればよかった。確かにその通りだけど、今日は体育の授業もなかったし、鈴蘭の制服スカートは規定通りの膝丈だ。余り用心し過ぎるのも自意識過剰っぽい感じがしてかえって恥ずい。鈴蘭は乙女として健全だ。
和泉に言われたことだって、すっごく納得がいかない。
可愛いからって調子に乗ってる? 男子に色目を使っている?
「スズ……しょうゆを取ってほしいんだが」
「そんなのわたし知らないもん」
まるっきり和泉の勝手な想像である。もし掃除の件がなかったら、誰が好きこのんで三澤みたいな無愛想男子に話し掛けたりするものか。
「……すまん。自分で取る」
「え、何か言ったお兄ちゃ、きゃっ」
「おっと」
ふいに伸びてきたごつい手に驚き、前に置いてあったしょうゆ入れを引っ掛ける。だが
「ありがと、お兄ちゃん」
「ん」
蓮児は焼き魚にしょうゆを垂らした。その左頬には銃弾の掠めた傷痕がある。
元軍士官で、体も人並外れて大きい。
愛想も悪く、他人からすれば結構な強面だが、鈴蘭にとってはたった一人の兄である。
ささいな粗相はすぐに忘れて、止まっていた食事を再開する。
みそ汁を一口啜り、うん、今日はよくお出汁の味がよく出てるな、などとひそかに自画自賛する。
蓮児はそんな妹に探るような視線を向けた。
「なあ、鈴蘭」
「なあに?」
「今日学校で何かなかったか」
「学校で? どんなこと?」
鈴蘭の知る限り、特に事件の類は起きていないはずだ。
だが仕事柄、蓮児は一般には非公開の情報に接することもある。
「わたしでいいなら、できる範囲で調べてみるけど」
「そういうことじゃなくてだな、さっきからお前の様子がおかしいから……いや、無理には訊かない。だがもし俺に相談したいことがあったらいつでも」
「それなら大丈夫。心配しないで」
鈴蘭は躊躇なく答えた。蓮児から視線を外し、焼き魚の身をほぐし始める。
「同じクラスの男子のことで、ちょっとあっただけなの。勇気を出して今度ちゃんと本人に伝えてみる。わたしひとりで悩んでたって進展しないもん」
掃除をサボるのも、先生や同級生を無視するのもやっぱりよくない。
言って素直に聞いてくれるかは分らない。ますます嫌われてしまうだけかもしれないが、その時はもう三澤はそういう人なのだと割り切るだけだ。
蓮児からの返答はなかった。
鈴蘭としてもそれ以上特に話すことはなく、暫し箸を動かすことに専念して、やがてお茶碗を空にする。
「ごちそうさま」
「……男子のことで……ちょっとあった……勇気を出して……直接本人に……進展……それはつまり……いやまさかスズがそんな……」
ひどく深刻げな様子で何やら呟き始めた兄に、鈴蘭は怪訝な顔を向けた。だがきっと自分には関係ない仕事の件だろうと考えて、そっとしておいてあげることにした。
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