文芸部員、大小

 1 最終日、約束


 部活に入ると言うことは、虚しいことだ。

 ゴールデンウィークの長期連休は、家でゆったり過ごすわけでもなく学校へ入り浸る毎日だった。

 ……だった……。そう、だったのである。

 気が付けばゴールデンウィークの最終日、俺はとうとうスローライフを満喫することなく長期連休の最終日を迎えるのである。

 お陰で、ゴールデンウィークの課題は滞りなく終えることはできたのだが。

「部活が終わったらお時間ありますか?」

 浅井が耳打ちをした。

「空いてるが何か相談か?」

 浅井の相談は大体内容はわかる。共同作品についてだろう。それか、浅井栄助氏のことだ。

「はい、もっとお話ししたいことがありまして」

「あー、ならマックでいいか? お金がなくて、そこでなら今週の予算が持ちそうなんだ」

「はい、ありがとうございます」

 こういう時だけ、文句も言わず優しいと思うのはお調子者なのだろうか。

 それにしても、ゴールデンウィーク最終日にして明日は、金曜日。明日から平日なのに所持金が428円とは……。

 姉め……! お小遣いをアップしろよ。

 ため息をこぼしつつ200円のコンビメニューでいいやと思った。



 2 シェイク、ナゲット


 さて、そんなこんなで今俺は浅井と一緒にマックにいるのだが手元にあるのは、マックシェイクのMサイズ。期間限定のマックシェイクがあるのが悪い。200円をオーバーするのでマックシェイクだけになった。

 対して浅井は、二人でつまめるようにチキンマックナゲット15ピースとドリンクを購入していた。

 浅井のご厚意はありがたいが、生憎チキンマックナゲット2ピースで胸焼けしそうなくらいに油に弱い体質なので、ナゲットには手をつけないだろう。

「二回目だな。こうやって話をするのは」

「そうですね。ありがとうございます」

 初めて二人で話すときより幾分かは気が楽だった。

 べつに俺は、話すことはないけどいったいなにを言われるのやら。


 ……あ、でも言いたいことがあった。


「ちょっと、俺から話してもいいか?」

 そう前置きを置くと、浅井はコクリと頷いた。

「この前、俺とお前で共同製作をするって話になったよな。それは、高樹や園田には話したのか?」

「……それは」

 俺も言えたことではないがため息が出る。

 ゴールデンウィーク初日にスケジュールが完成した。

 それは嬉しいことなのだが……。

「あのスケジュールには、俺たちの共同製作のスケジュールがない。あれは個人でスケジュールを合わせてできる程度なのか?」

「……」

 嫌な言い方をしてると思う。

「自分の境遇を他人に広めたくないのはわかる。でも、共同製作のこととは別だろ。活動全体に影響することを言わないと最悪、文芸部自体がバラバラになる。それでもいいのか?」

 浅井の手元は、チキンマックナゲットのバーベキューソースを開けるか開けないかのとこでモジモジしていた。

 内心、その仕草が歯痒かった。

「お前の家庭問題を出さずにいくらでも言える。自分自身で伝えるのが無理なら俺が報告する」

「……お願いします」

 やっと口を開いたその声は、重苦しいものだった。

 浅井は、言い訳がましいことは自分からは言いたくないのだろう。



 3 受験戦争、成績


「その……共同製作に関して、お互いもっと知った方がいいと思うんですよ」

 マックシェイクを半分飲み終えた頃合いだろう。突然に浅井が話した。

 お互いを知り合う……か、果たして俺は自分自身を打ち明けられるのだろうか。

 でも、こいつは十分理解してるはずだ。

 俺は……、

「無頓着な人間だ」

「言うと思いました」

 浅井はくすりと笑った。

「そう言えば、多田さん。深久へはどういった経緯で入学を決めたんですか?」

「てきとー」

「え?」

 浅井は困惑してるだろう。

 それもそのはず、深久は中学のテストで平均より少し上の点数をとってて平凡な学校生活を送っているだけじゃあ合格できない高校だ。まあ、入ってしまえば後は、高樹みたいにふざけてても俺みたいにちゃらんぽらんにしてても問題はないのだが。

 県内、市内一と言われるまではないもののまあまあな受験戦争を勝ち抜いた人たちが集まる進学校だ。

 この紹介は、二回目か……まあいいや。

「進路指導の先生に一任してたら、この学校の願書を揃えられて、言うことに従ったら合格した」

「ええ? その、勉強とかは? 塾に通ってた子が多いって聞いたんですけど」

「行ってないし、勉強っていう勉強はしてない」

「じゃあ、中学のテストの合計と平均は?」

「平均、85。合計、425」

「テスト勉強はしてたんですよね?」

「いやだからしてない。授業中も先生の言うことにちゃんと従っただけ」

「え……凄いですね。私なんてずーっと勉強でした」

 じゃっかん、浅井に勝ち誇りたかったがやめておこう。

「じゃあ、高校の授業も成績優秀ですね!」

「あ、いや、それは……」

 こうなるからやめといてよかったと安堵した。

「なんですかその煮えきらない感じは?」

「……先生の言ってることがわからないから、無理のないように少し勉強が必要だと思って」

「……ふふっ」

 浅井は、肩を揺らして笑った。

「やっと、多田さんの普通なとこが見えました。少し、嬉しいです」

「そりゃどうも」

 浅井は、そう言いながらナゲットをパクパクと食べた。

「でも、てきとーってことは受験の時に併願はしなかったんですか?」

「してないな。併願なんて怠い」

「ふふっ、多田さんらしいですね。でも、そう言うとこ好きですよ」

 そう口走った瞬間、浅井は持っていたナゲットを叩き入れるように箱に戻して口を押さえた。

「……! あ、今の言葉に深い意味はありませんから……!」

「いや別に、そんなのわかってるから」

「…………そうですか」

 何を焦ったんだか。でも、異姓に好きと言われたのは久々だった。



 4 座右の銘、ことわざ


「話題を変えましょう。多田さんって座右の銘とか好きな言葉とかありますか?」

「無頓着」

 座右の銘と聞かれたら条件反射のように即答で無頓着と答えた。

 浅井は、空気が抜けたように息を漏らしていた。

「はは、ですよね。私も実は座右の銘がありまして」

 まあ、座右の銘はあった方がいいに決まってるしな。

「それで私の座右の銘は、ことわざの『大は小を兼ねる』ってわかりますよね」

 読んで字の通り、大きいものは小さいものも含めてしまう。だったかな? でも、そのことわざが浅井に当てはまるとは思えない。

「私の座右の銘は、その『大は小を兼ねる』の逆なんです」

 大は小を兼ねるの逆? 対義語? ことわざの対義語なんて知らんぞ!

「ちょっと待って、どういうこと?」

「はい、逆に私は『大は小を兼ねる』って言葉は嫌いです。

 意味としては、大きいものは小さいものも含んでしまう。って意味のはずです。

 普通なら、それでもいいと思いますが私は納得いきません! わかりやすいように人で例えます。

 例えば、新卒の新入社員がいます。その新入社員は作業効率的に考えて『小』とします。次に入社歴3年目の先輩社員がいます。先輩社員は勤続年数、経験から考えて作業効率は『大』とします。

 あるとき、社員(小)さんと社員(大)さんがそれぞれの仕事をしていました。

 もちろん、作業効率を考慮して社員(小)さんはできる範囲の仕事です。それは社員(大)さんも同じです。

 ここでことわざの『大は小を兼ねる』の登場です。

 もし、ここで社員(大)さんはことわざの通りに社員(小)さんの仕事まで兼ねてしまったら?

 社員(小)さんの少ない仕事がなくなってしまったら?

 結局、大は小を兼ねてしまったら残るのは大だけと私は考えます。

 その後の小はいなくなってしまいます。

 その兼ねられてお払い箱になってしまった小を考えると私は、このことわざは好きになれません。

 本来、小の場所を大は奪ったわけですから。

 小は小で小に似合った場所、大は大で大に似合った場所があると思います。

 だから、私も多田さんと同じでここを受けるとき、滑り止めとか併願とかしてません。

 その学校のレベルに受かるように勉強したのに、受験をしたら滑り止め程度の軽い気持ちで受けた人が合格するなんて悲しいじゃないですか!

 例え、二次募集があっても一度、悲しさを味わったら自信なくしますよ。

 だから私は、『大は小を兼ねる』じゃなくて『大は小を兼ねない、大も小も適材適所』と考えます」

 浅井の熱弁に圧倒されながらも、なるほどうと納得してしまった。でも、それって……

「適材適所でいいんじゃないのか?」

 とも思ったが、口に出していた。

「それじゃあ、普通です。『大も小も適材適所』じゃないといけないんです!」

「その拘りはなんだよ!」

 でも、『大は小を兼ねない、大も小も適材適所』か、そういう考え方は嫌いじゃない。むしろ逆に……

「好きだ」

 何処から声に出していたかは、覚えていないが無意識で声に出てしまっていた。

 浅井、手を口に押さえてあわあわと顔赤らめていた。

「深い意味はない。ただ、浅井の座右の銘がいいと思っただけだ」

「ぁ………ぅ………ぇ………、はいっ!」

 勘違いされる前に訂正をしたが、それでも浅井は嬉しそうに返事をした。


「ごちそうさまでした!」

 うそだろ……。

 浅井は一人でチキンマックナゲット15ピースを平らげた。

「大丈夫? 気持ち悪いなら無理しないで言えよ」

 慌てて心配するが浅井は、きょとんと首をかしげていた。

「私は、大丈夫ですよ? でも、ナゲットを結局独り占めして」

「いや、それはべつにいい」

「今日は、ありがとう。少しでも多田さんのことを知れた気がします。油ものが苦手で期間限定に弱い多田さん?」

「お前、初対面のときより言ってくるな」

 いたずらっ子のような笑顔で浅井は、微笑んだ。

 その後のことは特に変わったことはなかった。

 俺は、電車で浅井はロードバイクにまたがり帰った。


 電車に揺られながら考えたことがある。浅井が時折、ぶつぶつと呟いていた言葉は、もしかしたら『大も小も適材適所』と言っていたかもしれない。まあ、気が向いたら聞いてみるか。

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