文芸部員、募集
1 部員、募集
「部員、増えませんね……」
特に代わり映えのしない文芸部に一人、落ち込む女性がいた。
彼女は机に突っ伏してた。
多分、彼女……浅井ゆいは俺に対して言ったのだろうが今日は、今の今まで会話をしたことがないので、なんの脈絡もない浅井の言葉はただの独り言として無視をした。
文芸部で文化祭で小説を刊行する。部活の方針が決まり、最初の難題に差し掛かっていた。
部員の少なさだ。
確か文芸部員は、俺と浅井とあと一人の三人だ。
「このままじゃあ、二人だけで小説を作らなきゃなりませんね……」
二人でも小説作るのか? てか、二人?
「二人ってそれなら、小説は諦めないか?」
つい会話をしてしまった。
「なにを言ってるんですか! 二人でも小説は諦めません」
「流石に二人だけは無理だ。俺が責任者ならこの時点で中止してる」
浅井はむくれている。言いすぎたか。
「じゃあ、最初にやるべき事は部員の充実です」
まあ、そうなんだが……。
「でも、どうして入部者はこないんでしょうか……」
「あたりまえだろ。募集の宣伝もしてないんだから」
文芸部は、部員がおらず部活動もあるのかどうかさえ先生に聞かないと判明しないのだから、今こうして部員が部室にいることさえ奇跡だ。
「じゃあ、今からでも」
「部活動募集のポスターの掲載期間は終わってる」
実行委員会は、学校掲示板の管理も行っている。掲示板使用申請やポスターの掲載期間などの情報は嫌でも入る。流石、学校の雑務委員会というとこかな。
「やあ、来たよ」
別に来いとも頼んでもないし、来て欲しいとも思ってもないが、ヘラヘラした表情で高田高樹が文芸部へやって来た。
「あれ、高田さんどうして?」
そう言えば……ああ、そうだ。高樹は文芸部だったな。
「流石に挨拶をと思ってね」
「挨拶? ふふ、高田さんは冗談が面白いんですね。挨拶はもうしましたよ」
あ、浅井は高樹が文芸部員だって知らないのか。
「そう言えば、差し出がましいんですが高田は、文芸部に興味はありませんか? もしよければ、文芸部に入部しては?」
「そう、そのことなんだけど。僕、文芸部なんだよね。このまま来ないのはダメかなと思って、今日は文芸部として挨拶に来たんだ。この前は、実行委員の仕事で少ししかいなかったからね」
そう、高田高樹は文芸部だ。一日遅れだが、俺が入った次の日に入部してる。
「いつからですか?」
浅井が聞いた。
「部活動ガイダンスの次の日」と高樹が答える。
「今まで忙しかったんですね。挨拶したからといってこれから毎日、出るようになんて言いません。自分の都合優先でそれから部活に来て下さい」
浅井の優しいお言葉。じゃあ、俺は自分の都合を優先してこれから、部活は――。
「でも、多田さんは絶対に来て下さいね。副部長なんですから」
心でも読まれたのか。浅井に釘を打たれて苦笑いがこぼれた。
「いや、別に忙しくはなかったんだ」と高樹が言った。
「え?」
浅井は唖然とした。
俺もなぜか引っ掛かった。
「ただ、文芸部に優先は感じなかったかな」
優先…………あ、ヤバ。
悪寒がして、高樹に向けて咳き込むが遅かった。
「前から行こうとは思ってたんだけどね、宏太が『別に行ったとこで何かするわけでもないから、それならいかない方がいいぞ』って言うから自然と優先順位からは遠ざかってたかな」
高樹の話が終ると、恐る恐る浅井の顔を見た。
浅井は普段、嫌味や煽りを本人の目の前で言ったとしても笑顔で優しい返事をすると思うのだが今の浅井の表情は、いままでに見たこともない凍り付いた表情だった。
「多ー田ーさーんー?」
「…………はい」
声も強張っていた。
「別にいいですよ? 多田さんが小説をその人の分、頑張ってくれたら二人でもいいんですよ?」
ニッコリ笑顔が怖く感じる程に、声が笑っていなかった。
「……ごめんなさい」
「はい」
最後の切り替えだろうか、最後の返事を最後に浅井の表情も声もいつもに戻った。
高樹だけは、現状が把握できないせいかキョロキョロしていた。
「なるほどね。それで、小説刊行ね。それで部員の問題か」
「そうなんです」
高田高樹が文芸部だと知り、浅井は今までの文芸部を説明した。
「それにしても、初日でずいぶんとハマったね。宏太くん。これは深久開校以来の探偵っぷりじゃないの? 深久文芸部の高校生探偵だね」
にんまりと笑顔で高樹は言う。
「アホ言うな。俺は別に高校生探偵でもなければ、学園ミステリーをやりたいわけでもない!」
「ま、それより。小説刊行するにしても、三人じゃあまだ足りないかな」
それよりされても……まあ、煮え切らないが確かに三人じゃあ小説刊行には足りない。
「そうですか」
浅井は素直に認めた。まあ散々、二人じゃあ足りないって言ってたから二人も三人も変わらないことわかってるのか。
「でも、文芸部に入部する人なんてもう、いなさそうですね」
「そうだね。部活の募集ももう公にはできないし」
高樹と浅井は考え込んでいた。
どうやら、文芸部は小説刊行の中止と言う選択はもうないらしい。
「いや、確か中学の最後の方で高校に入学したら文芸部に入りたいって人がいて、確か同じ深久にいたはず」
俺と浅井は、高樹の言葉で驚愕に襲われた。
2 部員、大募集
数少ない文芸部希望者に会うために、俺たちは高樹についていった。
「元々、別のクラスで話はしてなかったけど、同じ図書委員会でその人が委員長で僕が副委員長だったんだ。
本は好きなはずだし、何より僕の中学って学年集会って言うのが毎週設けられてて、その卒業前の最後の集会のときにクラスで代表者が目標を言うんだけど、高校に入学したら文芸部に入りたいって言ってたかな」
ある程度説明を聞くと、俺は高樹の中学じゃなくてよかったと思った。
俺の出身中学には、毎週のように学年集会なんてないからな。
「とても素晴らしい人なんですね。今は、その方はどちらに?」
浅井の目はキラキラと希望に溢れていた。
「図書室じゃないかな。引き続き図書委員会をやってるって友達に聞いたけど」
どうやら、図書館に向かってるのだ。確か図書館は、今降りてる実習棟の階段で1階に降りて渡り廊下を通り、教室棟や体育館に向かうことができる丁字路を通りすぎた、図書館だけのためにあるような棟がその場所だった。
文芸部の部室からは、5分ほどかかる場所だ。
学校図書館と言う場はいい場所だ。
普段から本を読む身として、買わずに本を読むことができるのだ。
なけなしのお小遣いで吟味するより、学校図書館で置かれている本を適当に取って、借りる方が楽だし買うより気楽に暇つぶしができてしまうのだ。
そりゃあ、部室に行く寄り道の片手間で利用するのも多くなる。
学校の図書館は、歴史的文芸作家の作品から戦争や世界情勢の本、更にはマンガ、ライトノベル等の多種多様のジャンルを取り揃えている。
「私、学校の図書館は初めてです」
そう言えば、浅井は本を持参してるな。あれは、自分で買ったものなのか。
別に図書館さえあれば、本なんて買わずに済むものじゃないか?
「浅井さんは、自分で買ってるのかい?」
同じ事を思ったのか高樹が質問した。
「はい。本て読むのも楽しいのですけど読むまでの、お小遣いで何の本を買おうか? ファンタジー? サイフィク? 時代物? 青春? など、色んなジャンルで迷って吟味して、特に作家にこだわらず選ぶのも楽しみなので、本は絶対に買います」
とても気が遠退きそうな楽しみ方で……。浅井と一緒に本屋に入ったら一時間以上は縛られそうだ。
「そうなんだね。いたいた……カウンターにいるのがその子だよ」
高樹が指差した先には、長い髪を後ろに結った後に真っ直ぐ垂らした黒髪の眼鏡をかけた少女がパソコンを操作していた。
「行こうか」
高樹を先頭に図書館へ文芸部御一行は入っていった。
「やあ、久しぶりだね」
「え……た、タッキー!?」
少女は少し動揺していた。タッキーとが高樹のあだ名なのだろう。
「なるほど、高田高樹だから略してタッキーですか」
小声で浅井は、呟いた。
単純に、タカキでタッキーだとは思うが別に突っ込もうとは思わない。
「な、何の様?」と図書委員の彼女。
「園田さんに紹介したい人がいてさ」
高樹は後ろにいる俺らに手を向けた。
「あ、私、一年の浅井ゆいです。よろしくお願いします」
素晴らしいくらいの綺麗なお辞儀をする浅井の後に自己紹介をするなんて気が引ける。
でも、この少女が自己紹介相手でよかった。
「ども、いつも図書館利用してる一年の多田宏太です」
そう、俺は片手間程度には図書館を利用してる。今まで意識はしなかったが何度か本の貸し出し、返却もやってもらった気がする。
「多田くん……んー……あ、多田くん、確か今日返却予定日の本があるよね? 返却してね」
あ、よかったなんて事はなかった。
確か、犯罪がテーマで現在日本を舞台にしたピカレスク小説を借りてたっけ。まあ、三章までしか読んでないけど結末が気になるわけじゃないし……まあ、いっか。
バックから借りてた本を出して、返却口に本を入れた。
「私は、1年F組の
園田はどこかの浅井と違って察しがいい方なのだろう、自己紹介だけでは用件が終わらないことを察していた。
「そう、これは部長から言った方がいいかな」
高樹は浅井にアイコンタクトを送る。
「浅井さん? 部長?」
園田は、首をかしげた。
「え? ああ、そうです。私、他にも部長をしてまして、文芸部の部員になりませんか?」
図書館の奥の書庫に気をとられていたのだろうか、浅井はぼーっとしていた。
そんな浅井の言葉を聞き、園田はなぜかあわあわしていた。
「文芸部……? うそ、そんなのあったの! え、なんで? 深久ライフには載ってないのに……もしかして今年からの発足?」
そう言えば、中学のときに文芸部に入りたいと宣言する人だったし動揺するか。
「いいえ、推定でも"32年前"からずっと文芸部はありますよ」
それは驚いた。文芸部がそこまでずっと続いていたとは思わなかった。
しかし、何より驚いていたのが、
「嘘でしょ! そんな昔からあるなんて……。ちょっと待って、それじゃあ私……妥協して図書委員会の活動を沢山、請け負ってるんだけど!」
園田だった。
「だ、大丈夫です。文芸部が両立できないほど厳しくさせません! だからお願いします」
俺は話が微妙に噛み合っていないことにため息をしつつ、とくに意味もなく書庫の方を覗いた。
「まあまあ、これからずっとってわけじゃないんだし、文芸部に入部したら? 実は、園田さんを部に入れたくてここに来たんだし」
高樹が言うと園田は、落ち着きコホンと咳払いをした。
「そうだよね。うん、文芸部に入りたい!」
「あ、ああ、ありがとう!」
浅井が今にでも抱きつくかのような勢いで、舞い上がっていた。
3 ミーティング、プラン
第3理科室には、俺と浅井と高樹に園田が揃っていた。
最低限、部として成り立つ人数になり文化祭までに小説を刊行し販売すると言う計画が現実味を帯びてきた。
「さて、文芸部も4人になりました。では、改めて文芸部の活動を説明いたします」
浅井は、黒板を使い『文芸部 活動』と書いた。
「私たちの部活動は、基本的に多種多様なジャンルの本を読み、物語の最深部まで理解を深める部活です。しかし、それなら個々がただ本を読んでいればいいだけで、部活としては成り立ちません。
そこで、私は顧問の須々木先生に相談したところ、ほぼほぼ立ち上げ状態で定期的なコンテストの応募は難しいだろうと言うことで、私たち文芸部は文化祭までに小説を刊行し販売します」
その事を毎日、何度聞いたことか……。
しかしそれ以上に、園田は憧れていたものを見るかのように嬉しそうだった。
「小説を刊行するのに具体的なものってある? 例えば、部員全員が一つの話に繋がるような長編だったりとか、部員個々が物語を考えて文芸部の短編集にするのか?」
園田の言葉に度肝を抜かれた。冗談じゃない、長編なんて構成できるか!
「前に、多田さんと話したのですが文化祭と言う場合、片手間で読めるものがいいと言うことなので短編集を考えてます。
そのときに本の規格も話しまして、新書の型で薄さは深久ライフ程度です」
その内容に疑問があったのだろうか、園田は真剣な趣で静かに手を挙げた。
「ゆいちゃん。私の希望を言っていい?」
「いいですよ」
「文化祭のニーズにあって短編集はいいんだけど、本の規格だよ。本は、深久ライフじゃあ薄いの文庫本サイズでいいと思うんだ」
おい、嘘でしょ。
「ちょっと待ってくれ、俺たちは初心者だ。むしろ、その短編集が処女作かもしれない人だっている。それで、文庫本サイズは荷が重い!」
反論していた。しかし、園田は反論に屈することなく言った。
「初心者だからこそ、少ないページで起承転結に纏めるのは難しい! それに、冊子サイズは文化祭で売れると思うの?」
確かに、刊行のことを考えすぎて利益のことを考えてなかった。
「それに、似たような物は古典部がやるし」
「似たような物ですか?」
浅井は首を傾げてそう聞き返した。
「古典部は、去年も一昨年も文集を出してる。内容は、古典文学の現代語訳と解説。後は、自分達で古典を創作した話が2、3話ってとこね。ちなみに文集は、厚さも大きさも深久ライフのサイズね」
「どうして、去年以前もあるってわかってるんですか?」と浅井。
「私のお姉ちゃんがここの生徒なの。見たことあると思うけど、生徒会長やってるわ」
「驚いた。それは僕も知らなかったよ」
「話がずれたぞ」
「そうですね。多田さん……そう言う意見が出ましたので小冊子ではなく文庫本の規格でいいですか?」
そこで俺に聞くのか? まあ、確かに文化祭で似たような物を売ると古典作品と間違われてトラブルになりかねん。それに、利益のことも考慮せずに謂わば、自己都合で決めたこと……下手をすれば、一冊も売れない可能性だってある。
最悪、需要が似てる古典部と文芸部で集客が分散して両方とも苦い文化祭になる。
それらを考慮すると、文庫本規格で古典部と差別化をして集客が分散されないという手もあるか。
内容の量としては……まあ、園田と浅井が乗り気だから二人に任せれば、文庫本規格での短編集はいい気がする。
「いいんじゃないか。後は、部長であるお前が決めることだ」
「はい! ありがとございます」
ここ最近のなかでは、一番の笑顔だった。
そして俺たち、文芸部は4人の部員で文化祭に文庫本サイズの小説を販売することが決まった。
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